抄録
1.研究目的と背景
本研究は,食を発信する様々な規模の団体が集まる両毛地区を事例として,ご当地グルメと地域的な活動との関係について,現地での聞き取り調査の結果から明らかにしようとするものである.
1973年創刊の旅行雑誌のタイトル『るるぶ』が「見る,食べる,遊ぶ」を示すように,食事は旅の楽しみのひとつである.とりわけ,食を主目的とした旅行については,Hall et al.(2003)によって「フードツーリズム」と定義され,それ以降多くの研究がみられる.当初は,高級食材や郷土料理を対象とした研究が多かったが,近年では,B級グルメ,ご当地グルメも観光資源として着目されている.またそれらB級グルメ,ご当地グルメを専門に取り上げるガイドブックも多く出版され,注目を集めている.
これらのB級グルメに関する地域的な活動は,都市を範囲にするものから県を範囲にするものまで,対象とする地理的範囲は様々である.また1つのメニューに対して複数の団体が形成されるケースや,地域的な活動を行う団体が形成されないケースもある.それにもかかわらず,従来の研究はこれらB級グルメの発信活動を一様にご当地グルメと同義に扱い,地域的な活動としてみなしてきた.
2.両毛地域におけるご当地グルメ
両毛とは,栃木県の足利市,佐野市,群馬県東部の桐生市,太田市,館林市(以上両毛5市),みどり市,邑楽郡をまとめた地域の総称である.当該地域においては,両毛5市でそれぞれご当地グルメの発信活動がなされており,その中のいくつかは高い知名度を得ている.これらの発信活動と,イベントの実施主体をあわせると,当該地域には17団体が存在し,地域活性化のための活動をしている.
3.推進団体別に見る発信活動の地理的展開
上述の17団体はおよそ次の4類型にまとめられる.
(1) 自治体系協議会
栃木県側2市を範囲とする団体がそばをPRしている.栃木県は農村レストランの取り組みが盛んであり,両毛でも農業振興を念頭に置いた活動を行っている.母体は県の出先機関であり,パンフレットへの掲載範囲や,主催イベントへの出店者の範囲も出先機関の行政区分を反映している.
(2) 商工会議所系団体
商工会議所のプロジェクトの一貫として活動する団体が複数存在する.商工会議所は多様な業種から構成されるため,団体には飲食店のみならず,関連食品企業や観光産業企業,地域の有力企業が参加する場合もある.商工会議所の活動範囲と同じく,各市域を単位として活動している.また,両毛地域では商工会議所の広域連携がなされていることを反映して,両毛5市を範囲とする連合会組織もみられる.
(3) 生活衛生同業組合
とりわけ麺類飲食業分野の生活衛生同業組合を母体とする団体では,積極的に食の発信活動をしている.これは麺という分野がご当地グルメの主要なジャンルの一つであると同時に,参加飲食店がうどん,そばという同一のメニューで営業していることに起因している.活動範囲は組合の設立単位である市域を越えることはない.
(4) 食品製造業
ソース製造企業と製粉企業による活動がこれに当たる.前者は製造所所在地を中心に活動を支援している.後者は県を範囲として活動をしている.この活動範囲の違いは,商圏の広さとともに,内麦の銘柄の表示単位が県であることに起因している.製粉企業は原料調達コストの点から地場産小麦の使用に積極的である.そのため小麦を使用したご当地グルメの開発や,イベントにも意欲的であると考えられる.
4. 推進団体の地域における役割と存立要因
上述の17団体の活動は,特に小規模飲食店にとって単なる観光客の誘致以上の意味を持つ.これは,イベントへの出店が団体を単位としていることに起因している.団体に参加している飲食店の中には,イベントでの出店を目当てに団体に参加するものや,1日あたりの売上げが通常の店舗営業のそれを上回るものもいる.また,同業者とのイベントへの参加自体を楽しみとして団体に参加するものもあり,小規模飲食店を中心とした発信活動の成立と展開にはイベントが深く関与している.実際, 当該地域の17団体はいずれも何らかの集客イベントの関係主体であり,団体設立の動機にイベントへの参加を挙げるものも少なくない.
逆にイベントへの参加に非積極的な業種では,ご当地グルメとしての知名度があっても地域的な団体が結成されないか,されたとしても活動が低調となりがちである.これは商品特性からイベントでの高い売上が期待できないケースや,維持すべき母体コミュニティが存在しないケースで発生する.
文献
Hall, C. M. et al. 2003. Food tourism aroud the world: development, management and markets. Oxford: Elsevier.