日本地理学会発表要旨集
2010年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0209
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災害リテラシーを高める基礎としての学校地理教育
今後の方向性と日本学術会議の取り組み
*田村 俊和春山 成子
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抄録
 災害に関する情報は,少なくとも日本では近年著しく増えてきているが,それがまだよく理解されていず,適切な防災行動に結びついていない.たとえば,2009年夏に西日本のいくつかの地域で起きた土石流・氾濫災害においても,いかにも不適切な施設の立地や避難行動が被害の拡大を招いた.主に気象官署から発せられる各種の時間的災害危険情報等を,自身の置かれた場に即して正しく理解し,適切な防災行動に生かすには,住民も,自治体等の防災担当者・土地利用計画担当者も,災害の種類に応じた空間的危険情報を事前に十分もっている必要がある.それには,ハザードマップの整備等はもちろん有効であるが,それら地図情報を読みこなし,自分用や小地域用に,いろいろなスケールでカスタマイズしておくことが不可欠である.そのための基礎知識や経験の伝達・蓄積には,ローカルコミュニティ・スケールの一種の成人教育が有効とされているが,その前提としても学校教育の重要性が改めて指摘できる.
 2009年3月に文部科学省が告示した高等学校学習指導要領は,とくに『地理A』において,自然災害や防災についての学習に今までになく詳しく言及し,「地図その他地理情報を活用して,生活空間を自然災害の起きやすさとの関係で理解できるようにする」ことを勧めている.2008年告示,2012年度全面実施の中学校指導要領の『社会科』にも,これとほぼ同じ趣旨の記述がある.また,高校理科の『地学基礎』や中学校『理科第2分野』の指導要領も,環境特性の理解との関連で自然災害に言及している.一方,高校『地理B』指導要領では,「生活圏の地域的特色」をとらえる課題の一つとして,「災害とその対策」が,「社会保障や医療の実態」等と並んで例示される扱いになっている.これらを契機に,地理・社会科や地学・理科での災害学習が進展することが期待されるが,もし,防災分野を身近な生活に関わる応用的なものととらえるだけならば,それには問題がある.いろいろな自然災害現象が,人々が地球環境のしくみや地域社会の構造に関心を向ける重要な契機となっていることを考えれば,地理・地学等の科目での災害に関する学習は,より基礎的な知識の習得にもっと活用できる.また,それら基礎知識・手法を,単に知識としてだけでなく生活空間に適用して日常的・非日常的生活行動に生かせるようになる,絶好の機会でもある.
 日本学術会議は,2007年5月に国土交通大臣に提出した答申『地球規模の自然災害の増大に対する安全・安心社会の構築』の中で,「住民が災害リスクを十分意識して自ら居住地選択を行えるように支援することが求められる」と述べ,「学校や社会での防災教育と災害経験伝承の重要性」に言及した.2008年6月に学術会議地球惑星科学委員会が地球・人間圏分科会を中心にまとめた提言『陸域-縁辺海域における自然と人間との持続可能な共生へ向けて』では,「自然災害の軽減は土地の自然的特性に応じて土地利用を適切に誘導することによって図ることができ,それを進めるには住民および行政担当者による環境・防災情報の正確な理解が不可欠であり,そのための社会教育・学校教育が重要である」ことを指摘した.2009年12月には,国際科学会議(ICSU)と国連の国際減災戦略(UN ISDR)が提唱した『災害リスク統合研究』(IRDR)計画に対応して,学術会議土木工学・建築学委員会学際連携分科会にIRDR小委員会を設けたが,同研究計画でも,「災害に関する知識に基づく行動」の重要性を強調している.これらを受けて,2009年12月末には,学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同の地理教育分科会に環境・防災教育小委員会を設置し,今回のシンポジウムでも紹介されたような,学校教育現場における防災関連教育の試みを探ることなどから検討を始めている.
 防災に関する学習は,もとより多面的・科目横断的に進められるものであるが,地理の学習では,身の回りに起きた,あるいは起こり得る非日常現象を一つの契機として,ハザード(発災要因)となる地球現象の生起から多様な自然的・人為的諸現象の連鎖反応を経て被災に至る災害の構造を,分析的・総合的に学ぶことができる.それを通して,地球現象の理解,地域の環境を敏感に認識する態度の養成,そのために必要な地図・地理情報の活用など基礎的知識・手法の習得,およびそれらに基づき適切に行動する能力の向上を,連携させて効果的に進めることができよう.この点を強く意識した,大学も含む学校教育現場での工夫をさらに進めたい.
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© 2010 公益社団法人 日本地理学会
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