抄録
現実の観光空間において,観光者が自らの体験のなかで,どのような風景やできごとを評価するのかという問題は,ゲストとしての利用主体が訪れることを前提とした地域において重要なトピックである.この種の研究は景観知覚に関する研究として,地理,観光・レクリエーション,環境心理など様々な学問分野で取り組まれてきた.代表的な手法として,観光者に写真撮影をしてもらい,一連の体験のなかで撮影された写真を分析する手法がある.これは,事後にはとらえきれない不鮮明な体験の記憶を,写真という媒体に記録し,画像データとして収集できるという特徴がある.しかし,従来の研究では使い切りカメラを使用しているため,撮影された対象の分析はできても,地域特性,資源の空間配置、撮影地点の空間分布まで踏み込んだ分析は行えていない.本研究では,それを可能にするために,デジタルカメラ,GPSロガー,GISを活用し,井の頭公園と日比谷公園という2つの都市公園を事例に,その有効性について検証する.また,地域同士の比較から,それぞれの公園における観光者の景観体験の特質とその空間的な傾向を明らかにする.
本研究では,井の頭公園(井の頭池エリア)と日比谷公園において,学生と社会人の男女それぞれ12人,13人に,デジタルカメラ,GPS,園内図を携帯してもらい,好印象な風景や対象を自由に写真撮影してもらった.その際,井の頭公園では固定回遊形式として2つの回遊コースをあらかじめ設定し,日比谷公園では自由回遊形式とした.調査終了後,一連の体験に対する総合評価としてサインマップ法によるアンケートをとった.また,撮影地点の分析には,カーネル密度推定法による密度分布図の作成や,カテゴリー別(「人間」,「植物」,「動物」,「管理物」,「構造物」,「園路景」,「水景」,「広場景」,「その他」の9種)の分類を行った.
井の頭公園では全体的に「水景」,「構造物」,「園路景」が多く撮影された.また,井の頭池中央橋上一帯に撮影地点が著しく集積したが,ここでは多様な対象が評価されていた.日比谷公園では全体的に「構造物」,「植物」,「人間」が多く撮影され,「水景」や「園路景」のような空間的な広がりを認識したものは少なかった.そして,花壇のある広場や池の存在する空間で撮影地点が集積する傾向にあった.このように,評価されやすい景観資源のタイプは2つの公園で大きく異なり,地域特性の違いが観光者の体験質に大きな差異をもたらしている.これは,地域イメージの形成にも密接に関わってくるものであるため,地域資源の演出や活用方法を工夫することの重要性が示唆された.
総合評価アンケートの集計地図と全撮影地点の密度分布図を比較したところ,撮影地点の高集積と多くの人に評価された空間はほぼ一致していた.よって,撮影地点の集積の度合いは空間的なポテンシャルをおおむね反映していると言える.しかし,アンケート評価と集積度合いが一致しない箇所もあったため,そういった空間の特性についてより一層の分析が求められる.また,必ずしも視覚的な環境刺激のみが評価されているわけではなかったため,他の感覚による反応データの抽出や補完の方法について,さらなる検討が必要になる.