日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 923
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1586年天正地震における阿寺断層周辺地域の被害実態
*細萱 京子服部 亜由未安江 健一廣内 大助
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抄録
はじめに
 本報告では,天正地震における阿寺断層周辺地域の被害実態を解明することを目的とする.
 天正地震とは,1586年1月18日(旧暦1585年11月29日)に発生した,推定マグニチュード7~8とされる歴史地震であり(宇佐美2003),数ある日本の歴史地震の中でも非常に規模の大きな地震である.その被害記録は,越中・美濃・飛騨・尾張・畿内など広範囲で残存している.震源については諸説あり,活動履歴調査や歴史地震調査の結果から,御母衣断層,養老・桑名断層,伊勢湾断層,阿寺断層が震源断層の候補として挙げられている.
 地震調査研究推進本部地震調査委員会(2004)では,阿寺断層南部の最新活動が天正地震であるとされている.一方で,歴史地震調査では阿寺断層周辺での同時代の史料がなく,阿寺断層を天正地震の震源として考えるには難しいと言われてきた.
調査方法
 阿寺断層周辺地域では,同時代史料がなく文献調査のみで地震被害を網羅することには限界がある.そこで本研究では,文献調査に加え,聞き取り調査によって阿寺断層周辺地域で地震被害に関する地域伝承を探った.聞き取り調査は,旧家や地域の有識者,寺院を対象に行った.更に,建立年代が天正地震以前とされ,断層直近に位置する寺社から得られる情報に基づいて,地震による被害の検討を行った.
結果・考察
 天正地震による阿寺断層周辺地域の被害としてこれまで挙げられているものは,「大威徳寺の倒壊」と「小郷地区の陥没」である.まずこれらの既往の被害報告について検討を行った.「大威徳寺の倒壊」は,これまでは地震動による直接的な被害とされていたが,第7代飛騨代官長谷川忠崇が江戸時代に執筆し,明治42年に岡村利平によって編纂された『飛州志』の記述から戦火により荒廃した寺院が天正地震の揺れを契機に廃絶したことが明らかになった.「小郷地区の陥没」は,地域伝承として現在も天正地震で陥没が起こったことが知られており,陥没場所には字大沼が残っている.
 本研究では既往の被害報告に加えて,a多聞寺の倒壊,b大沼付近の家屋移転,c門和佐地区の中絶(逃散),の新たに3つの地震被害が判明した.このうち,aとbに関しては,小郷地区の陥没場所周辺の被害であり,陥没が起こったこととの関連が示唆される.また,断層直近に位置する寺社から得られる情報に基づいて,地震による被害の検討を行った結果,天正地震後に廃絶し,その後再興されている寺院があることがわかった.
 大威徳寺の倒壊など阿寺断層周辺の被害に限れば,天正地震の被害は阿寺断層震源の地震でなくても説明でき,その場合,地質調査で400年前に確認される阿寺断層震源の地震は,既存の地震カタログに存在しない中世の地震である可能性も否定できない.しかしながら,小郷地区で陥没が起き,周辺に地震被害が集中していることを考慮すれば,明確な地殻変動を伴う解釈も可能であり,断層活動との関係を考える必要がある.
 歴史地震調査において,信頼度の高い同時代史料を用いることは,被害実態を把握する上で重要である.一方で,阿寺断層周辺地域のように同時代史料が得られない地域では,地震被害が過小評価されてしまう可能性がある.本研究のように,伝承や寺院の成立年代などから地震被害を検討することも,被害実態を解明するための有効な手法である.
引用文献
宇佐美龍夫 2003.『最新版日本被害地震総攬[416]―2001』東京大学出版会.
地震調査研究推進本部地震調査委員会 2004.阿寺断層帯の長期評価について.
著者関連情報
© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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