日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 924
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ポスト「退耕還林」における水土流失危険度の評価
*松永 光平佐藤 廉也縄田 浩志賈 瑞晨岳 大鵬
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抄録
はじめに 中国で1998年に始まった「退耕還林」政策は、同年の長江をはじめとする大洪水をきっかけとしており、農村において斜面の耕地を林地に換え、代替産業をおこすとともに、水と土砂の流出(水土流失)を防ぐことを目標としている。植林面積の増加は重要な政策目標とされ、地方政府により成果が喧伝されている。一方で、造成された林地の水土流失予防効果についての報告や研究は限られている。加えて、「退耕還林」政策終了後(以下、ポスト「退耕還林」と称す)、植えた木々が伐採・放棄されることにより、林地が持つ水土流失予防効果が失われることも懸念されている。 本発表では、中国黄河中流域、黄土高原の陝西省北部農村を事例として、以下の2点について調査結果を報告する。 (A)「退耕還林」の実施による水土流失の抑止状況 (B)ポスト「退耕還林」の耕作再開と水土流失の見込み 方法 研究対象地域は黄河流域の主要土砂供給源である黄土高原において、典型的な地形条件を備えた陝西省洛川県と陝西省安塞県を取り上げた。目的Aの達成のため統計データを用いて「退耕還林」前後の土地利用と侵食量の変化を算出し、現地住民への聞き取りを行った。土地利用変化については、現地聞き取り調査の制限から、退耕還林地の累計面積のみを指標とした。侵食量については、洛川県を含む洛河流域と宝塔区・安塞県を含む延河流域を対象に、「黄河泥沙公報」に記載された2000年と2008年の年侵食(水土流失)量を比較した。「黄河泥沙公報」は2000年から水利部黄河水利委員会により毎年公表されているもので、黄河流域の本流・支流の年間土砂排出(水土流失)量を掲載している。 目的Bの達成のため現地でポスト「退耕還林」の再耕作に対する住民意識を調査した。また、再耕作の可能性の判断指標として、「退耕還林」に伴う生業転換の成否についても聞き取り調査を行った。以上から推定される再耕作の可能性と台地面や谷壁斜面など微地形の土地利用とに着目して、水土流失危険性を評価した。 結果・考察 退耕還林地の累計面積は、2000年から2008年にかけて洛川県、宝塔区ともに増加していた。一方、2008年、洛川県を含む洛河流域の年侵食量が31.2 t/km2であり、2000年に比べて1294.6 t/km2減少した。安塞県を含む延河流域では2000年1850.3 t/km2で、2008年までに1629.6 t/km2減少した。洛川県(2010年4月)、安塞県(2009年12月)にて聞き取りを行ったところ、政府関係者、住民とも洪水など水土流失イベントの減少を報告した。2000年から2008年にかけて退耕還林地の累積面積が増加し侵食量が減少していることは、退耕還林により水土流失が緩和された可能性を示唆する。 洛川県では、リンゴという経済作物が現地住民の主要収入源となっており、斜面における耕作意欲は低いため、耕作再開とポスト「退耕還林」における水土流失の危険度が小さいと判断された。一方、安塞県では主要収入源は出稼ぎとなっており、一部では耕作の再開を希望する声も聞かれた。安塞県においては代替産業の育成効果が限られているため、ポスト「退耕還林」における水土流失危険度が相対的に大きいと考えられる。
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