抄録
北進してユーラシア・プレートに衝突するアラビア・プレートの西縁は、総延長1000kmに及ぶ死海トランスフォーム断層(DST)で限られる。地表ではその左ずれの動きを反映した顕著な活断層帯がこれに沿って認められ、その中央部はヨルダン・ヴァレー断層帯(JVF)として知られる。JVFは、死海西岸から北方のティベリアス湖東岸に向かってほほ真っ直ぐ約200kmにわたって伸び、歴史に残る749年パレスティナ大地震はその活動で生じたと思われている。しかし、JVFがつくる変位地形などについてはこれまで精査されたことがなく、そのスリップレートや最近の活動履歴に関する資料はほとんど何も得られていない。ところが、JVFは、最終氷期に多雨湖として知られるLisan湖が広がった区域内にあり、断層線沿いに認められる変位地形はすべてここ1~2万年の間に生じたとみなせることから、ごく最近の活動性、その場所的違いをむしろより細かく分解して把握し得る有利な条件下に置かれている。演者らは、この側面に着目して2008年から空中写真判読によるJVFの詳細マッピングをはじめ、地形の変位・変形状態と断層線の位置を正確に把握した上で、2010年度には活動履歴調査を試みるに至った。2010年5月にJVF北半部中央・Shaikh Husain地区で実施したトレンチ調査では、以下のような貴重な知見が得られたので報告する。
[調査地におけるJVFとその変位地形]
調査地は、ヨルダン川本流河谷に臨む左岸台地の西端部に位置する。ここでは台地面は、リサン層の堆積面と推定される地形面(1面)とそれを東側から埋めるように形成された扇状地面(2面)からなり、その北側にこの台地をWadi Al-Ziadが開析して形成したより新期の扇状地面群(3面と4面)があって西に向かって広がる。JVFは、1面の中程を南北に縦断していて、西側を高め、かつ、これを横切る5つの開析谷に左横ずれの変位を与えている。1面上で認められるこの断層線の北方延長線を横切って分布する4面上に深さ2m規模のトレンチを約20m間隔をおいて2本(南よりSH-1,2)掘削した。
[調査結果]
1)2つのトレンチの壁面には、リサン層の一部と思われる均質な砂・シルト層(_IV_層)とそれを不整合に覆う河成堆積物およびそれらを変位させている高角の断層帯が露出した。_IV_層を覆う河成堆積物は、相互に不整合関係にある3つの層(上位より_I_、_II_、_III_層と呼ぶ)に分けられ、最上位の_I_層が4面構成層にあたる。
2)露出した断層帯は、上記の1面上で認められたJVF断層線の北方延長線上に位置しているので、リサン層堆積後JVFの活動で生じたものと考えられる。
3)SH-2では、_I_層を見かけ上東側を隆起させるように食い違わせている断層が認められる。この断層は現耕作土層の直下まで追跡できる。また、SH-2S面では、_I_層と_II_層は、それぞれ_II_層、_III_層まで食い違った断層変位構造を削剥してその上に堆積している。さらに両トレンチの下部では、_IV_層まで断たれた断層変位構造を_III_層が覆うところが観察される。以上は、この地区ではJVFの断層活動が、_IV_層堆積後に少なくとも4回、そのうちの3回は_III_層堆積後に生じ、最新活動はきわめて近い過去にあったことを示している。
4)各層の14C年代を把握するため、採取した試料の年代測定を試み、現在までに_III_層上部について3,080±30yBP(SH-2S断層帯の西側)、5,130±30yBP(SH-2S断層帯の東側)、同下部:7,230±30yBP(SH-1S断層帯の東側)の結果が得られた。この結果から、本地区におけるJVFの最近3回の活動は、ここ5,000年余(3,000年余の可能性も考えられる)の間に起こったことが考えられる。