日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0110
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ジオツーリズムの実例と課題~島原半島ジオパークの例~
*大野 希一
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抄録
1.はじめに
 ジオツーリズムは、地球科学的価値を有する景観や地質、そしてそれに付随する歴史、文化(ここではこれらを「大地の遺産」と総称する)を観光に活用し、地域の持続可能な発展を図るジオパークの根幹事業の一つである。ジオツーリズムの成功のカギは、地球科学的な専門情報を活用したストーリーの構築と、それを楽しく正しく観光客に伝える“受け皿”の整備とテクニックにある。今回は、島原半島ジオパークにおけるこれらの実践例の紹介と、その実現に際して生じている課題を紹介する。
2.島原半島ジオパークでの“ジオストーリー”の構築例
 ジオストーリーの構築には2つの方法がある;【1】従来観光地ではなかった地域を、大地の遺産を用いて観光地化する(楠田、2010、JGU Meeting)、【2】既存の観光情報の中にジオの情報を加え、その価値を向上させる。ここでは【2】の事例を紹介する。
 「武家屋敷」は、島原藩の下級武士が暮らしていた家屋数軒と、湧水が流れる水路と美しい石垣が造る景観が約400mにわたって保存されている島原市内随一の観光地で、年間10万人以上の観光客が訪れている。従来、武家屋敷にて観光客に提供される情報は、当時の武士の暮らしぶりや、そこで展開された歴史的エピソードに限定されていた。しかし、武家屋敷の景観を造るためには、1:そこが城下町であったこと、2:建材として優れた石材(溶岩)が容易に手に入ったこと、3:それらの石材を加工し、石垣として積み上げる技術があったこと、4:豊富な湧水があったこと、という4つの側面も必要となる。よって、これらの側面を既存の観光情報に付加すれば、雲仙火山が噴出した溶岩や、火山体に涵養された湧水という“ジオの要素”と、歴史遺産である武家屋敷の景観との間に新たなストーリーが生まれ、当時の人々の生活・文化をより鮮明に観光客に伝えることができる。少しの“ジオ”の情報が、既存の観光情報のスパイスとなっている事例である。
3.ジオストーリーを伝えるガイド養成の大きな課題
 ジオストーリーを一般の人に楽しく正しく伝える人材の育成を目的として、島原半島ジオパークでは、2008年8月より「ジオパークガイド養成講座」を開講し、地球科学の基礎知識を学ぶ「初級講座」や、その伝え方を学ぶ「中級講座」、そして自然公園法等の法令の学習や、救命救急法の実習を実施している(江越・他,2009月刊地球)。
 しかし、島原半島ジオパークの場合は、現段階ではガイドの養成に失敗している。これは、ジオパークの普及を兼ねて参加者を募集したため、ガイドをやる意志のない人が多数講座に集まってしまった事、ガイド養成講座で得た知識やテクニックを活用するためのガイド組織を予め用意していなかった事が主な原因である。さらに、受講生の一部は、雲仙普賢岳噴火の災害時に全国から受けた支援に対する”恩返し”として、「ガイドは無料で行う」という強い理念を崩さない。その“善意”が、顧客はもちろん、ガイド自身を守る保険といったリスク管理への理解を阻害している。その結果、ジオガイドとして“登録”した40名強のうち、実質的に活躍している人はわずか数名に過ぎない。さらなる人材の輩出には、ジオストーリーを伝えるテクニックの習得以前の課題が山積している。
4.ジオパークにおける保全活動
 「大地の遺産の保全」もまた、ジオパークの根幹事業の1つであり、これにもいくつかの方法がある;【1】法的保全、【2】物理的保全、【3】自発的な保全。これらのうち、【3】の事例として、南島原市が行っている「ジオサイトクリーン作戦」を紹介したい。これは、ジオサイトとその周辺の清掃活動、および清掃後のミニミニジオツアーを通じて、地域住民が地域に愛着を持ち、ジオサイトの素晴らしさを認識することを目的に開催されているもので、これまでジオサイトの近隣住民や地元高校の教員とその生徒たちが参加している。「この清掃活動が、結果的に大地の遺産を自分たちの手で守ることに繋がる」、という意識の啓発は、法的に保全されていないジオサイトも守りうる「持続可能なジオパークの保全」の一つのあり方と言えるであろう。
5.持続可能なジオツーリズムの実施に向けて
 いくら良いコンテンツを開発しても、それを的確な方法を用いて的確なターゲットに発信しない限り、誘客は望めない。また、誘客に成功し、たくさんの人がジオパークに訪れても、受け入れ態勢が不十分な状態では、高い顧客満足度は得られない。持続可能なジオツーリズムの実現のためには、バランスの取れた発地の誘客戦略と、着地での受け皿態勢の整備が必要である。
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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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