抄録
I はじめに
近年、「全国消費実態調査」や「住宅・土地統計調査」などの公的統計のミクロデータが整備され、公開が進められる。こうしたミクロデータは、「匿名データ」と呼ばれ、さまざまな秘匿処理が施され、個人が識別不可能な形式で、提供される。匿名データといった大規模なミクロデータを利用することで、集計化による生態学的誤謬を避けられ、複数の変数をクロスさせた詳細な分析が可能となる。
一方で、匿名データで表章される空間単位は、「住宅・土地統計調査」で都道府県別、その他の統計調査では「3大都市圏か否か」でしかない。つまり、地理空間分析を実施するためには、より詳細な空間単位を推定する必要がある。
そこで、本研究では、焼きなまし法を用いて、国勢調査の小地域単位(町丁・字等)別に、全国消費実態調査の匿名データの拡大補正を行う。これによって、疑似的なミクロデータを小地域別に生成し、消費者購買行動の分析に活用する。以上の分析を通じて、匿名データを用いた地理空間分析の可能性に言及することにしたい。
研究対象地域は、この数年、小売環境が大きく変化した滋賀県草津市とする。草津市の平成17年の世帯数は、約5万世帯である。
II 焼きなまし法による拡大補正法
本研究では、焼きなまし法を用いて、小地域別に匿名データの拡大補正を行う。焼きなまし法は、金属の冷却工程を模した組合せ最適化アルゴリズムのひとつである。同手法は、主に空間的マイクロシミュレーション研究で利用され、花岡(2006)やHanaoka and Clarke(2007)において、その有効性が確認されてきた。
焼きなまし法で使用するデータは、平成17年国勢調査小地域集計及び平成16年全国消費実態調査の匿名データのうち三大都市圏の世帯サンプルである。
焼きなまし法による拡大補正では、国勢調査小地域集計から得られる各小地域の周辺度数(制約条件)と一致するように、匿名データの世帯サンプルを繰り返し抽出・置換し、新たな世帯サンプルの組合せ(「合成ミクロデータ」と呼ぶ)を求める。その制約条件として、購買行動の推定を念頭に、国勢調査小地域集計から世帯員及び世帯に関する統計表5つを用意した。
III 焼きなまし法の適用結果
焼きなまし法による拡大補正の結果は次の通りである。TAE(Total Absolute Error)は、制約条件とした統計表と合成ミクロデータを集計して得られる統計表をセル毎に比較して、両者の度数の差を合計した値である。小地域別のTAE平均は39.356を示し、両データが高い整合性であることを示す。また小地域別の1世帯当たりTAEは精度の目安として1以下であることが望ましいが、この条件を満たした。
IV 小地域単位での消費者購買行動の把握
生成された合成ミクロデータを集計し、草津市内の小地域別の購買行動特性を把握する。なお資料の制約上、単身世帯と施設等の世帯は、今回の集計から除外した。
本研究によって推定された1か月当たりの食料(外食等を含む)及び婦人用洋服への平均支出額の分布図からは、世帯規模を反映して草津市北西部、南部の住宅団地で食料支出が多い。他方、婦人用洋服は、ファミリー向けのマンションや戸建住宅が立地する草津駅周辺~北側の地域や市内南部の一部地域で多い。
V おわりに
本研究では、焼きなまし法を用いて、匿名データを小地域別に拡大補正し、合成ミクロデータを生成した。全国消費実態調査の匿名データはサンプル数も多いことから、この合成ミクロデータは国勢調査小地域集計とも高い精度で整合した。このように空間単位を細分化するように拡大補正を適用することで、匿名データを地理空間分析に幅広く利用できる可能性がある。今後は、詳細な精度検証を踏まえて、草津市の消費者購買需要予測に本研究成果を利用する。