日本地理学会発表要旨集
2011年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 505
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インドの山岳地帯のツーリズムと地域社会の変容
脱領域化と再領域化のパラドックス
*澤 宗則中條 曉仁
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抄録
問題の所在 グローバル化した経済の中で商品として流通するのは、工業生産品・農産物・資源などのみではなく、文化的生産品(観光・習俗・映像・芸術)も含まれている。インドにおいて、経済のグローバル化の進展と共に新中間層が増大し、観光への需要が高まった。また同時に、オフィス・工場や学校でのクロックタイムの徹底化とルーチンワークの浸透により、日常的時間の再編成が生じた。これらに対応しながら、工業空間・居住空間・消費空間のみならず余暇空間も再編成されつつある。本発表においては、インドのヒマラヤ山脈に位置するウッタラカンド州ナイニタール郡(district)の湖畔に立地した新規のリゾート地(N村)における地域社会の変容を、脱領域化と再領域化のパラドックスから読み解きたい。 ナイニタール- イギリス人がつくったHill Station 植民地時代にヒマラヤ山岳地帯につくられたHill Stationであるナイニタールはスコットランドの「湖水地方」と見立てられ、かつては夏季の行政中心(summer capital)であったとともに、ミッション系の寄宿舎付学校やキリスト教教会、病院などがつくられ、イギリス人のためだけの避暑地であった。独立後は、インド人の富裕層のための避暑地となった。しかし、経済成長の進展とともにナイニタールはデリーなどの新中間層の家族連れや独身のカップルや団体、学校の山岳地の観光先となると同時に、富裕層にとっては観光客で混雑したナイニタールへの評価が低くなった。 N村- 富裕層のための「静かな湖畔の村」の発見 ナイニタールが新中間層の観光地となり混在するに従い、喧噪を嫌った富裕層のための「静かな湖畔の村」として、山岳地帯内の湖畔のN村には、高級リゾートホテルが新規立地した。山岳地帯に複数ある他の湖畔の観光地が、カヤックなど多くの観光施設が整うのとは対照的に、ここではレストラン、貸しボートと乗馬・民族衣装を着た記念撮影が可能な店がある程度である。どこにでもあるような山岳の湖畔のN村が観光地として「発見」される上で、単に湖畔であるという意味だけではなく、地元住民の「伝説」の商品化(「湖の9つのコーナーを同時に見ると、魂の救済が得られる」という伝説がガイドブックに掲載される)がなされ、また「伝統」的とされるクマオン料理(現地での食材を使用した郷土料理)やクマオン衣装など、都市とは異なる「伝統文化」が発見され、商品化されてきた。これはローカルな事象が都市とのアクセスが容易になり商品化し、他の競合する観光地との差別化が進んでいることを示している。 ツーリズムに関する脱領域化と再領域化のパラドックス N村では、都市住民の余暇空間と余暇時間(夏休みや結婚シーズン)に組み込まれ、観光設備の整備など、観光地としての同質性が高まる(ローカルスケールでの脱領域化)が、同時に観光地の中でも場所性(静かな湖畔、観光施設、伝統文化という商品やモンスーンや降雪・気温差などの季節・気候の時間体系の差異)が大きく反映される(ローカルスケールでの再領域化)など、ローカルスケールでの脱領域化と再領域化の間のパラドックスが生じている。このように、ツーリズムに関してローカルな意味はきわめて大きい。ローカルな事象が都市住民にとり、経済的にも時間的にもアクセス可能となり、彼らにとり意味のある「他者」となる。これに対応して、「伝統」の発見や再生産を通じて、ローカルな事象が都市住民のニーズに合わせて改変・再生産され、時空間的に再編成される。 これらローカルな時空間的な再編成に関して様々な対立が生じる。1)観光客は「静かな湖畔」を求めるのに対し、地元の観光資本(地元住民)は観光開発を行い、雇用拡大・利益拡大を希望し、矛盾した構図が生じている。2)高級リゾートホテルを経営する大都市の大手観光資本は、地元資本による開発は景観を破壊するだけであると考え、「静かな湖畔」を維持するため政治力を使い阻止しようとしている。
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© 2011 公益社団法人 日本地理学会
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