抄録
1.研究の背景と目的
日本の九州本土ほどの国土面積であるスイスには,起伏に富んだ雄大で美しい自然景観や優雅で固有の文化景観が展開している。スイス国民は,これらの土地資源の有効活用に研究と開発を進めてきた。観光立国を標榜するスイスは,製品や施設・サービスの信頼性,時間・規則の高度な遵守,そして多文化社会の政治的・経済的安定性を観光発展の基本条件としている。
本研究は,アルプス地域の高所に位置するアルプの観光の多様性について,ベットマーアルプ(Bettmeralp)を事例に明らかにする。
2.ベットマーアルプの観光地の価値
ベットマーアルプが属するベッテン村(Gemeinde Betten)は,ヴァリス州のローヌ谷上部に位置し,2009年の人口は395人(うち外国人29人),面積は2,637 haである。土地利用は,集落(道路を含む)35 ha(1.3%),農地419 ha(15.9%),林地315 ha(12.0%),そして氷河や岩石などの非生産地が1,868haで70.8%を占める。中心集落のベッテンは標高1203mに位置し,村域の最高地点は世界遺産のアレッチホルン(Aletschhorn, 4193m)である。ベッテンおよびベットマーアルプに至るロープウェイの駅が立地するローヌ谷低地が826mであることから,その高低差は実に3300mにおよぶ。
ベットマーアルプは,自動車交通を排除したいわゆるカーフリーの観光地であるが,観光客はロープウェイによって到達できる。このため観光地としての価値は,日向斜面で眺めが良く,新鮮な空気と静かな環境の中で,スキーや登山・ハイキングなどを楽しめることにある。また,ベットマーアルプには森林限界を超えた場所に定住集落(1970m)が立地し,その集落にある「雪のマリア礼拝堂」(1697年建立)は,文化遺産としての価値が高い。さらに,ベットマーアルプは,2001年12月にアルプス山脈で初めて世界自然遺産に登録された「ユングフラウ-アレッチ-ビエッチホルン」のアレッチ地域の観光拠点として,各種施設が整備されている。この世界遺産は,2007年に指定区域が拡大され,26自治体(Gemeinde)にまたがる面積824k_m2_の領域(佐渡島855k_m2_に相当)となり,名称も親しみやすくてわかりやすいようにと,「スイスアルプス-ユングフラウ・アレッチ」に変更された。
3.ベットマーアルプの観光の多様性
1930年頃に始まったベットマーアルプの観光は,1951年のロープウェイと1985年の道路の開通により飛躍的に発展し,農民に就業機会をもたらすことになった。また,経済的に豊かな生活を求めて移住する人も増え,1990年には就業人口の79%が第三次産業に従事するに至った。
ベットマーアルプの宿泊客数は,1980年代から90年代前半までは37万人前後で安定していた。しかし,90年代後半から減少が続き2005年には30万人に落ち込んだ。その後は増加に転じ,2009年には過去最高の39万人となった。2009年の宿泊客数の内訳は,冬半期(11月~4月)78%,夏半期(5月~10月)22%の構成比で,冬季のスキー観光が盛んである。また,宿泊客の59%がスイス人,これに次ぐドイツ人が35%であり,両者で94%を占める。宿泊施設の総ベッド数は4,417ベッドで,宿泊客の71%は安価で長期滞在が可能な休暇アパート(3,900ベッド,Ferienwohnung)を利用している。このことから,ベットマーアルプの宿泊施設の年間平均稼働率は,24%であると算定できる。
ベットマーアルプの観光の多様性は,1年を通して多様なスポーツや文化的な催事が可能な自然環境と,各種施設の整備に起因する。
4.むすび
地域の自然や農業,歴史や文化を観光資源として有効に活用し,「観光の多様性」を実現しているスイスアルプスの観光地に,日本の山岳観光地は学ぶ点が多い。魅力的な観光地とは,障害者や健常者,国民や外国人を問わず,老若男女のあらゆる客層に対応した施設やサービスを整備し,観光の普遍性と地域性を併せ持ったところであると考える。