日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 308
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発表要旨
村落センサスでみるインド・アッサム州、ブラマプトラ川渓谷の民族と生態
*浅田 晴久
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抄録
1.はじめに
 ブータン、ミャンマー、中国チベット自治区、バングラデシュに挟まれたインド北東地方にはチベット=ビルマ系語族やタイ系語族に属する民族など多数暮らしている。各民族の棲み分けが比較的明瞭なアルナチャル=プラデシュ州やメガラヤ州など山地部とは異なり、低地が大部分を占めるアッサム州では各民族の居住域は必ずしも明確に分かれているわけではない。異なる時代に他方面から移住してきた人々がモザイク状に混住しているのである。文化的背景を異にする人々の存在は地域固有の文化の形成を促したが、民族間衝突の引き金にもなっている。出自の異なる民族がアッサム州のブラマプトラ川渓谷でどのように併存してきたのかを探るのが本発表の目的である。
アッサム州ではイギリス植民地に併合された19世紀以来、探検記や地誌を通して各民族に関する記述が行われてきた。1870年代には初めてセンサスが実施され、民族毎の人口構成が明らかにされている。近年は村落滞在型の人類学的研究が主流となり、各民族固有の文化や習慣をまとめた成果が発表されている。地理学分野では統計資料を用いて県レベルや郡レベルで指定部族の分布図が作られその要因が論じられてきた。しかしこれまで生態環境の側面から民族の分布を説明している研究は必ずしも多くはない。ブラマプトラ川が生み出す氾濫原環境への適応という観点を導入することで、各民族が併存してきた歴史を解き明かす手がかりが得られるのではないだろうか。

2.調査地および調査手法
 本発表ではアッサム州東部のロキンプル県を対象地域とする。ロキンプル県はブラマプトラ川の北岸に位置し、北のアルナチャル山地から流れてくる支流スバンシリ川が本流と合流することで洪水多発地域を形成している。住民はヒンドゥー教アーリア系のオホミヤ、ベンガリ、ネパリ(アーリア系)、アホム、カムティ(タイ系)、ミシン、カチャリ(チベット=ビルマ系)などが見られる。
 本発表では村落分布を調べるために、2001年度センサスの村落要覧(Village Directory)を用いた。村落要覧には村名、人口、世帯数、学校数、土地利用などの情報が含まれるものの、緯度経度と住民情報は記載がない。各村落の緯度経度についてはIndea Place Finder(現代インド地域研究東京大学拠点ホームページ内)を用いて取得した。住民情報については県内住民からの聞き取り調査により収集した。対象地域の地形区分については5万分の1地形図を利用した。GISで各村落の分布域を調べると同時に、2007年から継続している現地調査の中で得られた情報も合わせて各民族の生業と生態環境に関して考察を行った。

3.結果と考察
 GIS解析と聞き取り調査の結果から、各民族は完全に混住しているわけではなく、ブラマプトラ川渓谷内の生態環境に対応してゆるやかに棲み分けを行っていることが明らかになった。つまり、ネパリは山麓扇状地付近、アホムやベンガリは自然堤防帯内、ミシンやカチャリは河川氾濫地帯内というように民族毎に居住地と生態区の間に一定の関係が見られるのである。
 居住地の生態環境の差だけでなく、村落の人口・面積・土地利用などの構造にも民族毎の差異が見られる。湛水時期の差や耕地面積の差に応じて、各民族の生業活動にも違いが生じている。たとえばアホムの村では雨季の移植稲栽培、乾季の小規模畑作が主流であるが、ミシンの村では雨季の直播稲栽培、乾季のカラシナ・豆類の栽培が見られ、両者の村では異なる景観が広がっている。
 この生業活動のずれを利用して、モノやサービスのやり取りが民族間で見られる。ミシンの村からは牛乳や材木が供給され、アホムやベンガリの村からは畑作物が供給される。雨季に家畜を養う充分な場所が確保できないアホムの村のウシはミシンの村で世話をされ、代わりにミシンの子供を街に近い学校に通わせるためにアホムの村で住まわせるなど住民間の交流が生じているのである。
既存研究では各民族の独自性ばかりが強調されてきたが、生態環境の差に起因する村落間の地理的分業を見直すことで、多民族社会の持続・自然災害への対応という本地域の課題について考えることも可能ではないだろうか。
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© 2012 公益社団法人 日本地理学会
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