日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 310
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発表要旨
アフリカの地場産業
-ナイジェリアのビーズ細工の事例-
池谷 和信
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抄録

これまでの地理学では、日本を対象にして地場産業の研究が蓄積されてきた(板倉1981)。しかしながら、アフリカに地場産業が存在するのか否かを含めて、ほとんどアフリカを対象にした研究がなされてはいない。一方で、報告者は、17-19世紀の世界のビーズ産業の中心地は、素材がガラスの場合、イタリアのヴェネチやチェコのボヘミア地方であって、アフリカは歴史的にはそれらの世界最大の消費地として注目してきた(池谷2001)。 本報告では、アフリカの地場産業のなかでナイジェリアの南西部に位置する、ヨルバランドにおけるビーズ細工の現状を把握することを目的とする。報告者は、2012年5月に約2週間にわたる現地調査を実施した。具体的には、「ヨルバのビーズ職人」の総数や居住地などに関する統計資料は皆無であるので、現地をまわって基本情報の収集に努めた。対象は、①オタ、②アベオクタ、③オショボ、④イバダンの4都市である2 調査結果 各都市のビーズ職人の現状を把握する。①オタでは、王宮の近くでビーズ細工づくりに地道に励む親子に出会った。ここでのビーズ職人の数は多くはなく、むしろ衰退しつつある伝統的な地場産業のようにみえた。②アベオクタでは、仮面などの木彫り職人の家の隣にビーズ職人が暮らしていた。彼は、自らの写真や連絡先の入ったカレンダーをつくるなど、自分の仕事を積極的に宣伝する。③オショボは、市内にアートギャラリーもあり、ジモ・ブライモ(Jimoh Buraimoh)氏のような著名なビーズペインター(アーティスト)が暮らす町でもある(Buraimoh 1993)。かつて、オーストリア出身の彫刻家の女性スーザン嬢が長期にわたり住んでいて現地在住のアーティストの卵に与えた影響も大きく、現在でも彼女の家は存続している(Saunders and Merzeder-Taylor eds. 2006)。この町には、数名のビーズ職人が暮らしており、市内のギャラリーなどを通して王冠などのビーズ作品を訪問する白人観光客に販売もしている。 ④イバダンは人口が100万人を超える大都市であるが、国内では最大多数の1000名以上のビーズ職人がいるという情報が得られた。実際、これら職人の一部を訪問したにすぎないが、イスラーム教徒の多い都市中心部で10名以上が働くというビーズ職人のグループに出会った点は意外である。彼らは男性の担い手であり、親族を中心として世襲制で職人に従事している。彼らは、古い建物の2階のベランダなどを仕事場にしている。ここでは、ビーズ製品が王様や首長の注文に応じてつくられるというよりは、国内外の観光客、美術収集家、博物館関係者などが対象であった。近くには、ガンビア出身のイスラーム商人が、10個以上の王冠ほか多量のビーズ製品を保管する倉庫を持っていた。その商人の話によると、ロスアンゼルスに兄弟が滞在していて、お互いの連携によって米国などにビーズ製品の輸出をしているのだという。3 考察 これらヨルバランドでの4ヵ所の都市での調査の結果、すべての都市でビーズ職人が暮らしていることが把握できたほかに、イバダンのビーズ職人たちが、国立民族学博物館所蔵の「ビーズ人像」をつくっていたという可能性が高くなった。筆者はまだ十分な証拠を集めたわけではないが、ビーズ製品が国外へ流通しており、報告者が南アフリカで収集したヨルバの「ビーズ人像」とは密接な関係を持っていたものと考えている。なお、これらの研究成果を反映した、「ビーズインアフリカ」という展示会が、2012年8-10月の間、神奈川県立近代美術館にて開催されている。

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© 2012 公益社団法人 日本地理学会
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