抄録
大地の遺産とは 特徴的な自然資源とそれらを利用する人との関わり合いによって地表上に刻まれた文化景観であり、それは自然と人との関わり合いの記録や記憶でもある。
玉川上水の土木技術 羽村の取水口から四谷大木戸までの水路は総延長43kmに及び、自然流下式の水路の標高差は約100mであった。この標高差に基づく勾配は水平に100m進むと約23cm低くなるようになっており、それは武蔵野台地の微地形を読みとる能力と、正確な測量技術や開削技術があったことを示していた。
玉川上水の恩恵 玉川上水は武蔵野台地の土地開発にも大きく貢献してきた。武蔵野台地は乏水性の土地で、近世まで未開発の土地として放置されていた。しかし、玉川上水の開削により、水の確保ができるようになり、土地開発としての新田開発が促進された。実際、玉川上水から33の分水路が建設され、分水路を利用した武蔵野台地の新田開発が行われ、82の新田集落が建設された。新田集落は計画的に建設されたため、その形態や地割りは特徴的なものになっていた。集落は幹線道路に沿って列状に立地し、路村パターンを呈している。地割は幹線道路を基線にして細長く短冊状に区画されている。1戸分の土地区画は奥行き275間(約500m)、間口33間(約60m)となっており、青梅街道沿いに家が建てられ、その背後の細長い土地が農地(畑地)として利用された。そして、家から最も離れた土地は林地となり、薪炭用の木材や堆肥用の落葉の供給源となった。
大地の遺産として 玉川上水は多摩川の水を淀橋浄水場まで導水し、そこで沈殿・濾過のプロセスを経て、ポンプや自然流下で東京市内に配水された。玉川上水は淀橋浄水場が廃止される1963(昭和38)年まで都市に生活用水を供給する役割を担った。現在では、玉川上水は都市に生活用水を供給する役割を失ったが、上水の土手に植裁された木々が貴重な緑地空間を形成するとともに、住宅地域に近接する親水空間として良好な居住環境づくりに貢献している。また、玉川上水は2003(平成15)年に国の史跡に指定され、近世の貴重な土木遺産としての価値を高めている。そして、玉川上水は武蔵野台地の自然環境と人間との関わり合いを新田集落の地割景観や平地林の景観とともに物語る大地の遺産として重要である。