日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 217
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発表要旨
ナミビア農牧社会における樹木への命名と個体認識
文化景観としての農地林
*藤岡 悠一郎
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抄録
アフリカの乾燥地域では、樹木が畑地内に作物とともに生育する特異な植生が成立する地域がみられることが知られ、farmed parkland(以下、農地林)とよばれてきた。先行研究においては、残された樹種の有用性、有用樹種を保全的に利用する住民の管理様式、樹木に付与された権利などの観点から、特に農地林の機能的な側面が注目され、成立要因が検討されてきた。他方、こうした樹木は、人々との強い関わりのなかで、住民が各個体を区別し、その歴史性や個性を認識しているものと考えられ、そうした認識が農地林景観の成立要因の一因として重要なものとなっている可能性がある。本研究では、ナミビア北部に成立する農地林を事例に、樹木の個体性という観点に注目し、住民がいかに樹木を個体として認識しているかを明らかにし、農地林が住民の食料源となるような機能的な意味として存在するだけでなく、歴史的・文化的意味合いをもつ文化景観であることを描き出すことを目的とする。
調査の結果、以下の点が明らかになった。(1)調査村の植生は、低木層にアカシア(Acacia arenaria)が優占し、中・高木層はマルーラ(Sclerocarya birrea)とドゥームヤシ(Hyphaene petersiana)が構成樹種の9割以上を占めることが明らかになった。(2)聞き取り調査の結果、本地域の100本以上の樹木には、固有の名前がつけられていることが明らかになった。名前が付与されていた木は、ヤシ、マルーラ、バードプラム(Berchemia discolor)、イチジクの一種(Ficus sycomorus)であり、全て人が果実を利用する樹種であった。(3)樹木名の多くは、世帯の成員内で共有されていたが、若い世帯構成員は知らないものが多く、また必ずしも全ての名称が世帯内で共有されているわけではなかった。他世帯の樹木の名称に関しては、数本の樹木の名称が共有されているに過ぎず、多くの名称は世帯内で共有されるに留まることが明らかとなった。このように多数の固有名があることは、住民が樹木の一本一本の個性を認識し、そうした認識のもとで景観が歴史的に形成されてきたことの証左である。こうした慣習が村のなかで広がりをもって存在し、なおかつ歴史的にも受け継がれてきたことを考えると、本地域の農地林は文化景観とよべるものであろう。
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