日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 207
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発表要旨
地理教育における地域的見方・考え方の意義と課題
対馬に暮らす高校生の意識を手がかりに
*神村 絵織
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抄録
Ⅰ はじめに
地理的見方・考え方は地理教育でこそ獲得される学力として、久しくその最重要課題に位置づけられてきた。地理教育の改善のために地理的見方・考え方を理論化しようとする試みが取られ、内容やその関係を整理する議論も多々あるが、そこに子どもの存在を見ることができをないという課題を見出すことができる。また、子どもの実態把握を地理教育研究に活かそうとする試みも見られるが、次の2つの課題をあげることができる。それは、子どもの空間認識を「理解している」「知識を習得している」という視点によってのみ捉えようとしていること、そして、小学校・中学校での学習を通して形成された認識と意識を持つ存在としての高校生に、調査対象としての重要性を見出していないことである。 そこで本研究は、地理的見方・考え方の内容を理論的に整理し、さらに「生活者」としての子どもである高校生の実態把握を通して、地理的見方・考え方を地理教育でどう扱っていけばいいのかを考えることを目的とした。
Ⅱ 地理的見方・考え方の整理と地域的見方・考え方
日本の学習指導要領、地理学の5大テーマ、『地理ナショナル・スタンダード』、『ナショナル・カリキュラム地理』をもとに、地理的見方・考え方の内容を整理すると、その内容はある事象に対する4つの探究方法として表すことができた(図1)。まず、どこでその事象が見られるのか地理的にある事象を捉え(探究1)、どのようなところでその事象が見られるのかを捉える(探究2)。次になぜその場所でその事象が見られるのかを、地域内の関係(探究3-1)と地域外の関係(探究3-2)を探ることによって捉える。そして、ここで捉えた地域間関係をもとに世界像を形成し、その構造の中で地域を捉え直す(探究4)。 子どもの世界像形成という地理教育の目的から考えると、地理的知識をつなぐ階段としての「地域」の重要性が浮き立ってくる。図1の中で地域概念から導かれる地域的見方・考え方に該当するものは探究3-1から4である。また、先の「地域」とはその中でも探究4のことである。ここから、地理的見方・考え方において地域的見方・考え方の中でも探究4を重視する必要があると言える。
Ⅲ 子どもの生活に見られる地域的見方・考え方
長崎県対馬市にて、地元に対する高校生の意識を明らかにするために小学校・中学校・高等学校の教員、高校生、そして高校既卒の若者を対象とした調査をおこなった。多様な捉え方のできる対馬だが、高校生の捉え方は「郷土としての確かな愛着」は感じつつも他の場所と比較すると「さえない」場所というものに偏っていた。これは地域ぐるみの教育活動によって地域内関係を豊富に体験してきたこと、一方で卒業後の進路選択などにおいて「周辺」地域としての対馬を幾度となく体感してきたことによるものと考えられる。子ども達は日常生活の中で探究3-1と4を繰り返すことによって世界像を形成していた。一方で、高校既卒の若者は高校生とは別の捉え方もできていた。移動と経験を重ねることによって対馬を中心とした地域間関係(探究3-2)にも着目するようになった結果だと考えられる。以上のことから、探究3-2をふまえない探究4は、所与の構造における限られた関係性からしか地域を捉えることができない状況を我々に促す危険性を持つことが明らかになった。
Ⅳ おわりに
地域的見方・考え方は知識をつなげ世界像を形成することを可能にするという意義を有しながらも、一つの地域を核にした地域間関係を探る過程が不可欠であるという課題を持っている。この過程は、どのような「周辺」地域でも「中心」になることができるという可能性を私たちに示唆してくれる重要な地理的見方・考え方である。
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© 2012 公益社団法人 日本地理学会
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