抄録
本研究では,滋賀県高島市朽木地域のトチノキ巨木林に着目し,巨木林が残存してきた背景を近年の山林利用の動向をふまえ考察するとともに,2009年頃から本格化した伐採問題をきっかけとした朽木地域の変化について検討した。<br> 巨木林の存在が確認されている小流域を調査区とし,近傍の集落において山林の利用状況について聞き取り調査を実施した。また,巨木林に関連する各種活動に継続的に参加するとともに,伐採跡地を4か所にわたって観察した。<br> 聞き取りから調査区周辺の山林は,これまでに肥料源としてのホトラ(コナラの枝葉)採集,薪炭林施業,パルプ用材伐採,公社造林などさまざまな利用圧を受けていたことが明らかになった。とくにトチノキ巨木林の近傍には炭焼き窯跡が数多く確認された。採集したトチノミからトチモチをつくった経験が伝承されており,継続的な山林利用圧の中でもトチノキは果実採集のため意図的かつ選択的に残されてきたと考えられる。<br> 2009年頃からトチノキ巨木が50本以上伐採される事態が生じた。その背景として,都市部での高級マンションの内装材としてトチノキの需要が高まっていること,野生動物によるトチノミの食害で採集が困難なこと,所有者の高齢化などが挙げられる。伐採跡地ではヘリ搬出を妨げる周辺植生の伐開や不要な大枝が散乱している状況がみられた。山地源流域における伐採状況を問題視した地元住民や複数の環境団体が中心となり2010年10月に保全組織が立ち上げられた。トチノキの伐採問題を巡り,将来的な伐採を差し止める法的な係争,県による森林税活用の検討,伐採跡地見学の開催など保全に向けた活発な動きがある一方で,トチノキを生かしたエコツアーが実施されるといった新たな利用の試みも生まれている。 トチノキ巨木林の伐採は,集落自身が保持してきたトチノキに対する従来の利用価値が薄れ始めてきたことを象徴しているといえる。こうした中,トチノキ巨木林が担う生態的な側面を評価する動きに伴って,トチノキ巨木林に対する新たな利用価値が朽木地域に醸成されつつある。