日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S0404
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発表要旨
明治三陸・昭和三陸・チリ津波と今回の津波の違いとその意義
*松多 信尚杉戸 信彦千田 良道堀 和明石黒 聡士内田 主税鈴木 康弘
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抄録

はじめに: 津波高・遡上高分布は分布範囲と高い値が重視され,遡上高のばらつきは注目されない.東北地方太平洋沖地震では,日本地理学会災害対応本部津波被災マップ作成チーム(2011)や東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループ(2011)などによって浸水範囲,津波高,遡上高が公表されている.津波の遡上高に着目すると,隣り合う谷ごとで遡上高は大きく異なる.我々はその原因が海岸線付近の地形特性と津波の性質の関係にあると考え,その関係性を明示することが,津波や地震による災害の想定に重要と考える.そこで,本報告では,遡上高のばらつきと海岸地形から津波の性質を推定し,今回の海底地震断層の特徴にせまりたい.海岸地形の分類: 内閣大臣官房都市計画課(1934)は種市町から女川町までの浦々を地形の特徴をもとに分類した.その分類は,甲類1:外洋に面するV字湾,甲類2:外洋に面するU字湾,甲類3:外洋に面し凹凸が少ない海岸,乙類4:大湾内にあるV字湾,乙類5:大湾内にあるU字湾,乙類6:大湾内にあり凹凸が少ない海岸,丙類7:細長く浅い湾,丁類8:直線に近い海岸線である.本報告ではこの分類に従い,未分類の場所は同じ基準で新たに分類した. 明治三陸津波,昭和三陸津波,チリ津波の比較: 明治三陸津波の遡上高は全域で甲類が乙類より大きい.また甲類の中でも甲類1の遡上高が大きい.その傾向は昭和三陸津波にも当てはまる.両者を比較すると,久慈付近など北部では明治の津波が一段と高い傾向が,逆に女川や雄勝など南部では昭和三陸津波の遡上高が明治のそれより大きい傾向があり,震源域が明治三陸津波の方が北に偏っていたことがわかる.宮古から南三陸の区間では明治津波が昭和の津波より1.5倍程度大きい.データ数は少ないが,明治と昭和の比率は乙類のほうが甲類より若干大きい傾向もある.一方,チリ津波では乙類が甲類より高い遡上高が観測されており,久慈から女川までの区間で顕著な地域性は見られない.明治津波と比較すると,明治津波の遡上高がチリ津波のそれに対して,甲類の浦では4から10倍以上と大きい.それに対し乙類の浦では2倍程度の場合が多く,明治津波の中心域でもチリ津波の遡上高が明治津波を上回る浦があることがわかる.したがって,チリ津波で乙類の遡上高が甲類より大きい理由は津波高が低いことの影響ではなく,津波の性質を反映していると考えられる.シミュレーションの結果から甲類,乙類における遡上高の特徴は,津波の波長が影響することが示された.つまり,長波長の性質の津波は這い上がるような遡上をせず,乙類のような湾の奥まで到達するのに対し,短波長の津波は甲類,特にV字湾のような地形を這い上がるような傾向が見られる.東北地方太平洋沖地震の津波と明治津波の比較: 以上の知見から今回の津波の遡上高分布を検証してみると,釜石以北(北部)では甲類が乙類より大きい傾向があるのに対し,大船渡から女川間(中部)では乙類と甲類の遡上高に顕著な違いが見られず,仙台平野南部以南(南部)では再び甲類が乙類より大きい傾向がある.また,甲類1における今回の津波の遡上高は北部では明治津波より高いのに対し,中部では逆に明治津波より低い値を示している.このことは,今回の津波が北部と南部で短波長の成分を有し,中部では顕著な短波長成分を有していないことを示す.次に今回の津波と明治三陸津波の遡上高を比較すると,乙類では全域で4倍程度と大きく,甲類では北部で2-4倍,中部では概ね2倍以下になっている.以上のことから,今回の津波は全域にわたり明治三陸津波より長波長の成分を有していたと思われる.今回の地震の海底地震断層の推定: 今回の地震で短波長の津波が発生した理由として,地震波の解析から断層浅部が特に大きくすべったとするモデル(例えばYagi et al., 2012) と海底地形の特徴から断層が浅部で高角になるとするモデル (Nakata et al, 2012) が提案されている.前者では震源域の中心部で短波長の特徴が見られない事を説明できないのに対し,後者では断層面の傾斜変換が北部と南部で起きたとしており,遡上高の特徴を良く説明している.

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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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