日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 609
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発表要旨
人文地理学における空間概念のプラグマティズム的考察
*益田 理広
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抄録
 本研究は人文地理学における空間概念のプラグマティズム的考察,即ち現状として混同されている他概念と空間概念との弁別を行い,「空間の学」たる地理学の理論的基礎を回復することを目的とするものである.空間は地理学の勃興と共にその中心に位置し続けてきた概念であるが,現在そこで論じられる空間概念は統一を失した状態に陥っており,「空間の学」たる地理学は理論的な危機を迎えつつあるといえる.そこで本研究は人文地理学の中で論じられる,「空間」と名付けられた概念を精査し,それが真に空間と呼ばれるものであるのか,それとも他概念の異名に過ぎぬのかの弁別,即ちプラグマティズム的な考察を行うのである.プラグマティズムとは「差異を生まぬ原因はない,故に結果が同一であればその原因も,たとえ別の名を持っていようと同一である」という考えを公理とするもので,概念弁別の根拠となるものである.弁別に先立ち,第一に近代科学全般の基礎となった古典的な空間概念を簡略に確認し,第二に人文地理学上の空間論を概観する.そして,既に見出した古典的な空間概念を一種の指標としてこれに対比させ,その輪郭を描き出す. 古典的な空間論に関しては主として以下の五種類の概念が認められた.まず,空間は物質であるとするデカルトの「充満空間」,空間をあらゆる現象から独立した存在と見做すニュートンの「絶対空間」,逆にそれを諸物の関係あるいは秩序を示す語に過ぎないと断じるライプニッツの「相対空間」,経験論の立場から空間は視覚あるいは触覚から生じるものとするロックの「単純観念としての空間」,そして,空間を人間が外物を認識する唯一の方法であると喝破したカントの「ア・プリオリな感性の形式としての空間」である.現代人文地理学上の空間論には以下のような展開が認められる.リッターやヘットナーによって地理学を特徴づけるものが空間であるとされて以来,地理学は「空間の学」としての性格を強めていき,空間を等方的な絶対の場として定義するに至った.しかし,その空間理解は計量主義の興隆と共に非難を招いてしまうこととなる.これは現今の空間を巡る論争の濫觴でもあった. その批判者たる計量主義は,科学としての法則定立を目指し,時間と独立する絶対空間を否定した.そこで採用される空間概念は現代物理学の扱う時空間連続体と近似したものである.人文主義的地理学の主張する空間論は唯物主義の専横に反抗するものであり,「生きられた世界」のような主観的な概念を空間と見做す.構造主義はこの二者の対立の後に興隆し,諸事象の織り成す構造を空間とし,実存的意味に満たされた対象の実証的分析を追求した.その「構造」は単なる機能的関係から,未だ意識されぬ現象としての「深層構造」にまで及んでいる.その他にもルフェーブルやデュルケームに端を発する空間も重要であるが,その概念としての定義は曖昧である. 以上の空間概念を古典的な空間概念と対応させると,計量主義はデカルトの空間物質説に近似し,人文主義的地理学はロック的な認識説に接し、構造主義はライプニッツの空間関係説に内包されることとなる.そこで,これら「物質」「認識」「関係」の三概念を軸として,地理学上空間と見做されることのある概念についての弁別を行った. 考察を行った概念は以下の通りである.①物質―「地表面」「形状」「肉体」②関係―「位置・距離」「幾何構造」「環境」「社会」③認識―「景観」「記号」「五感」.以上の概念について考察を加えた結果,以下のような結論を得た.①「認識」「関係」を独立に見た場合でも,「認識」「関係」のほとんどは「物質」に対する認識・関係であり,いわば従属した概念であること.②空間論が総じて唯物的であり,多元主義を標榜しながら極めて排他的な性格を有すること.③何の吟味も行わず種々雑多な概念に「空間」の名を与える傾向が存在すること.④その際,感覚,特に視覚が先行し易いこと.この結果が意味するのは,地理学上の空間概念はその実「物質」に等しいということである.そして,仮に「空間の学」が「物質の学」と化すならば地理学はその基礎を失うこととなってしまう.それを避けたくば,他概念と峻別可能な空間概念が必要となる. 本研究はこの現状に対してニュートン及びカントの空間概念の再評価を行うことを提言する.この二氏の概念は地理学からほとんど排斥されてしまったものではあるが,また空間に積極的な意義を見出した概念でもある.この概念を無視し続ければ,混乱はいよいよ深まるものと予想される.
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