日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 622
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発表要旨
東日本大震災による医療・福祉機能の被災と住民生活の変容         
岩手県山田町の在宅療養患者世帯の実態調査から
*菊池 春子
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抄録
1.研究の背景と目的2011年3月に発生した東日本大震災の津波被災地域では,地域の公立病院や介護老人保健施設などの医療・福祉施設が甚大な被害を受け,多くが未復旧の状況にある.さらに,住民の長期にわたる避難生活や仮設住宅入居などに伴う移動,社会環境の変化に伴い,高齢者らの健康状態や介護度の悪化の問題も指摘され,被災地における医療・福祉体制の復興の問題は,今後の地域の持続にかかわる重要なファクターになりつつある.特に,入院・入所施設が被災した地域では,療養ベッドの総数が減少し,従来であれば入院・入所対象となっていた患者らが,訪問診療・訪問介護などのサービスに頼りながら,在宅での療養を続けざるを得なくなっているケースも見込まれるため,復旧期を支える医療・福祉サービスのあり方の検討も求められる.本研究では,大規模災害にともなうローカルな医療・福祉体制の変化が被災地住民の生活に与えるインパクトを実証するとともに,その結果・知見から,災害復旧期に求められる医療・福祉サービスについて検討することを目的とした.また,今後,日本各地で発生が予測される大規模津波災害に対し,課題と教訓とを提示することも可能であると考える.2.対象地域と調査の方法そこで本研究では,東日本大震災の津波被災地の一つ,岩手県山田町を対象地域に,医療・福祉機能の被災状況と住民生活の変容を明らかにした.山田町では津波によって,入院機能を唯一有していた県立山田病院(60床)と老健施設(98床)が全壊するなどして,医療・福祉機能のうち入院・入所機能の双方が大きく低下し,現在も未復旧の状態にある.調査内容としては,2012年8~12月に県立山田病院の訪問診療を利用する在宅療養患者世帯64世帯を対象に,避難状況や介護度,医療・福祉サービスの利用状況や社会環境の変化などについて聞き取りを行い,58世帯から回答を得た.町内4カ所の医療機関,介護サービス26事業所(11社・法人)に対しても,被災・再建状況について調査した.3.調査結果調査の結果,58世帯のうち,居宅が被災し,避難生活を経て仮設住宅などに移った,津波浸水域の世帯(16世帯)では,10世帯で患者の介護度・健康状態の顕著な悪化がみられたほか,経済状況などの生活条件の変化が大きかった.介護度が著しく悪化した患者の中には,一次避難,二次避難など避難場所を8回以上移動したケースも見られた.医療・介護サービスの利用をめぐっては,浸水域・非浸水域ともに,入院・入所などの施設被災にともなうサービス利用の制約がみられた一方,訪問診療・訪問介護などの訪問型サービスの利用は震災後増加しており,訪問型サービスによって震災後の療養生活が維持されている傾向が明らかになった.しかし,訪問型サービスの事業所は半数近くが被災しており,サービスを再開・継続する上では,拠点確保やスタッフ減少などの面での問題を抱え,事業の持続性が不安定な状況にあることも示された.また,患者世帯・事業者双方の聞き取りから,介護者のレスパイトが困難となっている問題も示され,訪問型サービスのみの限界も見られた.さらに,仮設住宅入居などで居住地が分散し,従来の近隣同士の声掛けや相互扶助が減少するなど,在宅療養患者世帯を支えるインフォーマルな基盤も不安定化している状況もみられる.当日の発表では,これらの事例を整理し,在宅療養患者世帯の状況とサービス提供体制の双方から,復旧期に求められる医療・福祉サービスの基盤とその再構築の必要性についても論じたい.
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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