抄録
● 目的 世界のかなりの地域では厳しい気候条件の結果として、家畜飼養がたったひとつの合理的土地利用としてあらわれる。それにはさまざまな形態があり、定住して営む牧畜のひとつの形態が移牧transhumanceであると筆者らは定義する。 本稿では中央アジアのキルギス南部およびタジキスタン北部(パミール高原北部)における移牧をとりあげ、山地と人間との共生関係を考えたい。● 結果 厳しい気候条件のもとで営まれる家畜飼養には様々の形態があり、あるところでは定住した家畜飼養であり、あるところでは遊牧である。地球上には、山地の高度差を利用して、つまり低地と高地との気候の差異を利用した特色あるさまざまな営みがみられる。なかでも、移牧は低地と高地との気候の差異を利用した生業の代表である。 中央アジアのパミール高原北部は標高が高く、とくに厳しい自然環境のなかで牧畜にしか生業を見出しえない地域である。このパミール高原北部では、その主要家畜はヒツジ・ヤギ・乳牛・ウマであり、場所によってはヤクも飼育されている。 この地域は1920年代にソ連に組み込まれたが、それ以前の生業は遊牧であった。 ソ連時代になり、この地域の遊牧民はソホーズ に組み込まれて、定住を強制された。その結果、この地域の遊牧は定住して牧畜を営む「ある種の移牧」に変容した。 キルギス共和国南部のthe Alai Valleyはパミール高原の北部で3,200mの高地にあり、こんにち、そこでは、ほぼ水平に広く空間を利用する「ある種の移牧」がみられる。集落内に居住する人びとも、ある程度の家畜を所有しており、数家族から数十家族がまとまってヒツジ・ヤギを、冬季を除き毎日、周辺の山地に放牧すること(kezuu)もみられる。 一方、the Alai Valleyに接するタジキスタン北部のthe Kara-kul地域では、高低差を利用する、いわゆる正移牧ascending transhumanceが営まれている。 キルギス共和国もタジキスタン共和国も1991年にソ連の崩壊により独立したが、経済的貧困に直面している。本来であれば保護の対象とされるべき植物や動物という自然資源が消費されている。 このような自然資源の消費を阻止し、牧畜を生業として確立するための方策が求められている。