日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 727
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発表要旨
ヤギとブタ。トライブや低カーストはどちらを好むのか? 
東ネパールにおける農民の家畜飼養と交易
*渡辺 和之
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抄録
 ヤギとブタはどちらも繁殖力の高い家畜として知られている。ヤギは1回に2頭出産することもあるし、生後1-2年で出産するまで成長する。一方、ブタもヤギに劣らず、繁殖力は高い。ブタは1回の出産で8頭から12頭生まれることもめずらしくないし、1年たてば成獣となる。
 では、ヤギとブタのどちらを飼養するのが好まれるのか? 南アジアの場合、カースト制度によるタブーのため、この究極の選択ができるのは、トライブと低カーストに限られる。
 本発表は、トライブと低カーストに焦点をあて、彼らがヤギとブタのどちらを、どのような理由で好んで飼養するのかを検討する。対象とするのは東ネパール・O郡R村である。発表者は2009年以降、この村で飼養する家畜の追跡調査をおこなってきた。結果として以下の点がわかった。
 ヤギはほぼすべての民族・カーストで飼養されていた。飼養世帯に見る平均頭数は3.6頭である。飼養方法は日帰り放牧と舎飼いの2つあり、2-3頭程度しか飼養しない世帯では舎飼い、10頭程度以上飼養する世帯では日中に日帰り放牧をおこなっている。なお、日帰り放牧をする場合も飼料が必要で、牛のエサにする緑飼料とトウモロコシを1日2回与えている。飼養目的は肉用であり、乳製品は牛や水牛の乳から作る。頭数の増減では、2011年に病気が大流行したため、村で飼養する山羊の1/3程度が死んだが、出産により1年で死亡した数の半数程度まで回復した。
 ブタを飼養するのは、低カースト(カミ、ダマイ、サルキ)、中間カーストでは先住民(ライ)である。飼養方法は舎飼いと放し飼いである。夜間は畜舎のなかに入れるが、日中は放し飼いにして放牧にもついてゆかない。ブタを飼う世帯には肥育型と繁殖型がある。前者は仔ブタを生後1-2ヶ月で購入し、1年程度飼養して売る。後者はメスブタ、ないし、メスブタとオスブタの2頭以上飼養し、出産した幼獣を定期市で売る。ただし、村内では繁殖型の世帯はなく、すべて肥育型であった。その理由として、エサとなるトウモロコシ代がかかるため、ほとんどの世帯では、仔ブタを1-2頭飼養する肥育型を選択していた。
 ヤギとブタのいずれかを好むかでは、ブタを飼う世帯の方がヤギを飼う世帯よりもはるかに多く、ブタの方がヤギよりも人気が高い。また、ブタだけ飼養する世帯は、ブタとヤギの両方を飼養する世帯の2倍いた。これは大型家畜の有無とも関係する。牛や水牛を飼う世帯では草刈りにゆくので、ヤギの分もついでに刈ってくる。ところが大型家畜のいない世帯では、ヤギのために草刈りに行く必要が生じる。
 以上のように、ヤギもブタも飼養規模に制約がある。ヤギの場合、数頭の範囲を超えて飼養すると、放牧に行くようだし、草刈りも必要である。ブタの場合、飼料となるトウモロコシの確保が制約となっており、多くの世帯では1-2頭を肥育するのが精一杯である。このため、山羊を数頭飼うのならブタを1-2頭飼う方が得であり、労働力に余裕のある世帯では両方を飼養している。
 つまり、ヤギもブタも繁殖力の高い家畜ではあるが、労働力の不足と飼料の確保が大規模経営を妨げている。一方でそのために定期市を介して幼獣を売買する交易が成立しており、副業としてこれらの家畜を肥育する世帯に幼獣を供給する機会が与えられている。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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