抄録
1.はじめに
薪炭産業の衰退,電源開発による水没,過疎化,市町村合併による周辺化など戦後の山村にはさまざまな問題が山積してきている.本研究では, 宮地(2010)の山村問題に対する新たな取り組みを継続的に検証してしいく必要があるという指摘や,伊藤(2011)の水源地域対策にはさまざまな問題点が含まれておりここで改めてその再評価を行っていく必要があるという指摘を元に,山村問題に内在する電源開発による水没問題へのアプローチを行った.具体的に,松原・下筌ダム建設に伴う水源地域である熊本県阿蘇郡小国町に対する水源地域への補償制度の運用実績を明らかにすることを研究目的とし,財政分析を用いて自治体の財政運営の観点から補償制度や補償制度に付随する地域振興事業を考察していった.なお,本稿において取り上げる補償制度は電源三法制度と固定資産税制度である.
2.研究方法
本稿では,調査対象地域である熊本県阿蘇郡小国町の財政データを元にした,ダム開発が行われる以前から現在にかけての財政分析を行った.なお,その際に1973年の松原・下筌ダム建設に伴い,小国町とともに水源地域に指定された大分県日田郡旧中津江村,旧大山町(ともに現・日田市)との比較分析も行った. また,電源三法制度に基づく地域振興事業に関しても,経時的に実態を明らかにするとともに同法制度による地域振興事業を行っている他方式の発電所が立地している電源地域と比較を行うことで,水力発電所立地による電源地域の特性を提示した.
3.結果
一般的にダム開発に伴う固定資産税は地域財政に多大な恩恵をもたらす.しかし,固定資産税制度の性質上,償却資産にかかる税額は,償却資産の取得時の金額に応じて課税評価額が算出される.そのため,経済規模の拡大や物価の上昇が起きる前に建設されたダムでは,建設直後こそ財政に恩恵を与えたが,財政規模の拡大に対して,減価償却に向かって固定資産税算出額が下がっていき,財政への恩恵は微々たるものになってしまった.また,土地にかかる固定資産税額は各年度の地価に応じて評価額が算出されるため経済規模の拡大や縮小の影響を受けづらく,その時代の経済事情に応じた課税がなされるが,ダム関連施設が行政界で分断されるため,一つの自治体に着目すると少額しか固定資産税収入が得られない.
電源三法制度に関しては,原子力発電施設立地地域には手厚い財政補償が行われ,固定資産税収入と相まって財政に多大な恩恵を与えている.水力発電施設立地地域に対しても,ダム,貯水池,発電所,特定区間など発電施設に関わる自治体を網羅する財政補償が行われているが,発電量によって算出された額を発電施設が立地する自治体数で除して交付されるため,交付金額は少額になってしまう.また,法整備前に建設された発電ダムや発電規模の少ない発電ダムでは,竣工前後に受け取れる交付金が受け取れないなど,制度面での財政への恩恵も微々たるものである.
また,小国町の財政に着目するとダム立地に固定資産税や電源三法交付金による補償が,財政にはあまり恩恵を与えておらず,他の山村地域と同様に小国町の財政運営は非常にひっ迫したものとなった.小国町では,地方債の起債や地方債現在残高や地方債償還に充てる費用を示す歳入に占める公債費の比率が増加してきた.公債費の比率が高くなると,起債制限などの措置が講じられてしまう.地方債の起債が歳入の一部を占める小国町にとっては避けては通れない問題であるとともに,電源三法交付金交付額が少額なためダム補償制度による振興策がほとんどできていない現状が浮き彫りとなった.