抄録
本研究では、江戸時代、城下町として発展した三重県松阪市旧市街地において、聞き取りとアンケート調査を行い、町並みの現状や町並み保存に関する取り組み、さらに住民の意識を把握し、今後の保存活動の在り方について考察した。 研究対象地域である松阪旧市街地は江戸時代、城郭を中心に武家地、町人地、寺社地が整備された城下町として発展した。現在でも、当時の歴史的な建物や道筋が一部残っている。さらに、参宮街道が通っていたことや、松阪商人の活躍などにより商業都市としても発展した。また、松阪は松阪牛や松阪木綿などの特産品も有名である。この研究では松阪城下にかかわる文献を収集し、土地利用分類図を作成し旧城下町の変遷を明確にするとともに、松阪市住民と市役所での聞き取り調査を行い、松阪旧城下町の町並みと町並み保存に関する取り組みの現状を分析した。さらに、景観評価アンケート用紙を作成し、地域住民、津市市民の景観に関する意識を分析した。 江戸~明治期に建てられた町屋が比較的多い松阪市の旧城下町北部は、松阪市が景観重点地区として指定する約十年も前から、住民が古い町屋や歴史のある道筋などの価値に気付き、町並み保存活動に向かった。しかし、旧城下町の空間全体における町屋の残存状況を確認すると、旧城下町の空間全体に町屋が散在し面的保存は難しいとわかった。さらにアンケート調査の結果、文化財として保存されている松坂城跡や御城番屋敷、さらにすでに住民や市による保存活動が進んでいる重点地区や旧同心町の景観に対しては高い評価が得られたが、鉄筋コンクリート構造の家屋と町屋が混在している地域の景観には評価が低く、住民は景観保全を必要としないという回答が多かった。これより、今後、松阪では町屋の撤去、建築変更の可能性は高いと考えられる。また住民からは、江戸時代から残る屈折した道筋についても、不便であり残す必要はないという意見が聞かれた。これに対し、観光客の回答では、点在する町屋や江戸時代から残る屈折した道筋に関して、残したいという意見が多く、住民の意見との差がみられた。来訪者が価値のあるものとして考える景観でも、地元の人は見慣れていてその価値に気付いていない現状があることから、保存する町並みの選定において、観光客など来訪者の意見も必要であると考える。これまで意識していなかった町並みの価値を知るため、三重県や松阪市が開催するシンポジウムのような外部の人の意見が聞ける場に、より多くの住民に参加してもらいたい。 さらにアンケートでは、町並み保全、町並み利用の可変性にかかわる活動が行われていくことで保存活動が進められることが好ましいと考える住民が多いことが示された。しかし、具体的な活動についての認知度は低く、住民の回答においても約40%の人が活動について知らなかったという事実もあり、将来的な景観保全にむけた地域・地区組織と行政との共同作業が必要となるであろう。松阪市や地域住民による町並み保存に対する取り組みへの住民の認知度を高め、小学校などを利用した地域学習の中での旧城下町の町並みの教材化などを通し、子供から親への伝達によって町並み保全への理解を促進することが可能となろう。