抄録
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では巨大津波が東北地方太平洋岸を襲い,甚大な被害を引き起こした.津波の高さや浸水範囲,建造物などの被害状況については,地震直後からこれまでに多数の調査報告がおこなわれてきた.津波の流動方向については数値計算により推定することができるが,実際にどのような方向に流動したかを現地調査などによって確かめる必要がある.しかし,現地調査では,調査期間の制約などから,調査地域が狭い範囲にとどまったり,逆に広い範囲を対象とした場合には調査地点が疎になったりする.一方,近年では高解像度の空中写真や衛星画像を判読することにより,広い範囲を対象に,詳しい情報を取得できるようになってきている.たとえば,海津(2011)は,水田内にみられる稲わらの集積した方角から津波の流動方向,とくに引き波の方向を推定している.本研究では,沿岸にみられる人工構造物のなかで,ある程度の密度をもって広域に分布し,家屋などに比べて均質性の高い電柱に着目し,その倒壊状況を空中写真や衛星画像から判読して,津波の挙動や,浸水深と電柱の倒壊との関係などを検討する.調査対象地域は,仙台平野の仙台塩釜港から阿武隈川河口付近とした.行政区では仙台市(宮城野区,若林区,太白区),名取市,岩沼市が含まれる.仙台平野は,南北方向に伸びる標高の低い海岸平野からなる.この地域を選定した理由として,津波前および津波後に撮影された高解像度の画像を利用できること,津波の高さや浸水高,浸水範囲が他地域に比べて詳細に調査されており,それらの情報を利用できることが挙げられる.津波前の電柱の位置については,2009年3月31日,8月14日に撮影されたGoogle Earthの画像および被災前に撮影されたgoo地図の航空写真(GEOSPACE)に映っている電柱の影から判断した.また,津波後の電柱の倒壊状況については,津波直後の2011年3月12,13日に国土地理院によって撮影された空中写真をもとにして,(1)倒れており,その方向が確認できるもの,(2)倒れているが,瓦礫や土砂に覆われてしまったり,方向を判断したりするのが困難なもの,(3)津波により流出してしまった可能性が高いもの,(4)倒れずに残っているもの,に分類した.また,押し波の向きを推定するため,(1)の電柱の倒壊方向についても区分した.津波の高さや浸水深については,東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループにより求められた値を利用した.また,浸水高と国土地理院の基盤地図情報による標高から浸水深を求めた. 電柱の倒壊は海岸線から2 km程度までの範囲で目立った.浸水深と電柱の倒壊との関係は,地域によって差はあるものの,浸水深が2~3 m以上ある場所で電柱の倒壊が多くみられた.これは,仙台平野において浸水深が2mを超えると建物流失率が増加するという調査結果(東北大学災害制御研究センターほか,2011)とも調和的である.多くの電柱は海岸線に直交する方向で,陸側に向かって倒れていた.倒壊は津波の力のみによるものではなく,瓦礫の衝突や,倒れた電柱に影響されて(引っ張られて)生じた可能性もあるが,電柱の倒壊した方向へ押し波が進んでいったと考えてもよいだろう.また,海側に向かって倒れている電柱は確認できなかったため,ほぼすべての電柱の倒壊は引き波ではなく,押し波の際に起きた可能性が高い.住居が密集する地区を詳細にみると,たとえば,名取市の閖上地区では,位置を確認できた,集落内のほとんどの電柱が倒壊・流失している.電柱の多くは西向きに倒れており,北西や南西方向がこれに次ぎ,北や南に向かって倒れているものはない.したがって,押し波は東から西に向かって流れ,集落の北側を流れる名取川や集落内を南北に走る貞山堀から入ってくる波の影響は小さかったと考えられる.