抄録
1.はじめに
地すべりに代表される大規模な地表変動は,景観の多様性,生物多様性をもたらす.地すべり景観の要素の一つに,湿地が挙げられる.地すべり地内の湿地は,地すべり土塊の断続的な運動によって出現・発達・消滅し,土塊の運動が停止していても,その周辺の地形場が不安定なために土砂の流入等により絶えず変化すると考えられる.高岡ら(2012)は,北アルプスにおける高山湖沼の多くが地すべりの活動の影響を受けて形成されていることを指摘している.北アルプスに限らず,山岳地域の湿地の形成には,地すべりが重要な役割を果たしていることが考えられ,その実態の解明のためには,山地湿原の多く存在する地域での事例の蓄積が必要といえよう.本発表では,八幡平火山の北西に位置する地すべり地内にある大谷地の形成過程について,ボーリング調査の結果から検討する.
2.八幡平地域の地すべり地の特徴と湿地
奥羽山脈北部に位置する八幡平火山は,4月でも約3 mの積雪が残る多雪地である(大丸ほか,2000).八幡平地域には多くの湿地が存在し,その成因として地すべり土塊内の凹地,噴火口,雪食凹地などが挙げられる.八幡平火山は,安山岩質の成層火山であるが,数十万年前に噴出物を伴う噴火を終え地すべりによる火山体の解体が進んでいる。個々の地すべり地形は,大規模で土塊の分化が進んだ複雑な形状ものから比較的規模の小さな単純なものまで多様で,湿地を伴うものが多い.
3.大谷地湿原の堆積物
大谷地は標高1076 mに位置し,副次的な滑落崖の下部に形成された,幅約140 m,長さ約380 m,面積約0.04 km2の楕円形の湿原である.大谷地の中央付近にて,深さ5.0 mのボーリング調査を実施した.
大谷地の深度5.0 mまでの堆積物は4つのユニットに区分することができる.
Unit 1 (0~1.7 m):黒色の泥炭層.未分解の腐植物が多く,場所によって植物遺骸の大きさが異なる.4枚のテフラが挟在している.深さ約61 cmに挟在する細粒軽石層は,守田(1996)で十和田火山起源の大湯浮石とされたものと同一である可能性が高い.
Unit 2 (1.7~2.2 m):暗灰色の粘土・シルト層.斑点状に有機物を含むほか,中間に有機物を多く含む層を挟む.
Unit 3 (2.2~4.9 m):淘汰の悪い緑灰色の砂礫層で,細粒物質から最大3.5 cmの礫を含む.礫は灰白色や褐色の軽石質なものが多く,円摩されている.砂層のなかに礫層を数枚挟む.
Unit 4 (4.9~5.0 m):黒色~黒褐色の有機質粘土・シルト層.分解の進んだ細粒な有機物を多く含む.深度5.0 mの位置に,直径約5 cmの木片を含む.
4.大谷地湿原の形成過程と地すべり活動
得られたボーリング調査結果から,大谷地の形成過程を検討した.Unit 4は有機物に富み,5 cm程度の木片が埋積していたことから,この時期には付近に森林が成立していた可能性がある.その後,大きな攪乱があり,周辺の斜面からの土砂運搬があり,砂礫主体のUnit 3が堆積したと解釈できる.八幡平火山は約7300年前と約1万年前に比較的大きな水蒸気爆発を起こしており(和知ほか,2002),この噴火が誘因となって地すべりのような大きな攪乱が起きた可能性もある.ただし,この推定は今後得られる植物片の14C年代測定結果との整合性を検討しなければならない.Unit 2には細粒物質が堆積していることからこの時期には,周辺の斜面が安定し,そこに沼が形成され,その後,湿原となってUnit 1のように泥炭が堆積したと考えられる.守田(1983)の大谷地における花粉分析の結果では,Unit 2に相当する時期にダケカンバの花粉が急激に増加し,その後,Unit 1に相当する時期になるとブナの花粉の割合が徐々に回復する傾向が見られている.したがって,周辺の斜面の安定化に伴って周囲の森林が形成されていったと推測できる.
引用文献
大丸裕武ほか(2000) :雪氷 62,463-471.
高岡貞夫ほか(2012):地学雑誌121,402-410.
守田益宗 (1983) 東北地方における亜高山帯の植生史に関する花粉分析的研究.東北大学博士論文.
守田益宗(1996):岩手県編「南八幡平地域資源調査事業」,15-25.
和知剛ほか(2002) :地球惑星科学関連学会合同大会予稿集,V032-P005.