抄録
1. はじめに 長さ2500kmに及ぶヒマラヤ前縁には,インドプレートとユーラシアプレートのプレート境界に沿って活断層が発達する.しかし,ブータン国内の活断層は断片的な情報にとどまり,他のヒマラヤ周辺地域と比べて活断層に関する情報が極めて乏しい.長大な活断層系がどのように分割して大地震を発生させるかを,断層の幾何学的パターンから考える上で,ブータンの活断層分布を明らかにすることは重要な意義をもつ.本発表では,2010年8月(3週間),2012年8月(3週間)に,ブータン政府関係機関にて空中写真判読をおこなった結果を報告する.また,地質構造,ネパールの活断層分布との比較をおこない,ブータンの活断層分布の特徴を議論する.2. 使用した空中写真及び地形図について 空中写真は,ブータン政府貿易工業省地質鉱山局及び内務省測量局が保有しているものを利用した.空中写真の縮尺は1:12,500,1:15,000,1:25,000で,撮影年は1988年,1990年のものである.断層分布,変位様式を書き入れた地形図は,地質鉱山局所有の縮尺5万分の1地形図である. 3. 断層分布の特徴 空中写真判読により,明らかになった点は以下の通りである.1)ブータン南部(主に北緯27°以南)・主に東西走向の断層が多い.・長さ30kmより短い断層からなり,地域によっては東西走向の断層が数条にわたり重複して分布する.・東西走向の断層のうち,平野と山地の境界では北側隆起の断層変位を示すが,山地内は南側隆起の断層が多い.・91°Eより東部では,断層の密度が小さくなり,主境界スラスト(Main Boundary Thrust: MBT)沿いにトレースが集中する傾向が認められる.2)ブータン中部・北部・南部に比べて分布密度が低い.ただし,91°Eより東部では比較的活断層が分布する.・北西-南東走向の断層は右横ずれ変位,北東-南西走向の断層は左横ずれ変位をもつ断層が認められる.4.地質構造と断層分布の関係 ブータンの地質構造において,他のヒマラヤと大きく異なる点は,シワリク丘陵の発達が極めて悪く,一部で欠落していることである.また,過去のプレート境界であるMBTや主中央スラスト(Main Central Thrust: MCT)も平野に近いところに認められる. 断層が周密に分布するブータン南部の活断層は,MCTとMBTの間,いわゆる低ヒマラヤ内に発達する.この特徴は,ネパールの活断層分布が,MBTやMCTなどの主要地質構造線に集約的に発達し,低ヒマラヤ内では分布密度が低いことと対照的である.ただし,91°Eより東部では,MBTに沿って断層が認められることからネパールヒマラヤと類似した断層発達とみられる.このような断層発達の違いは,長期にわたるプレート衝突の形式が,ブータンで他地域と異なっているため,低ヒマラヤ内に数多くのスラスト構造が発達した結果,その構造を利用して現在活断層が再活動していると予想される. ブータン中部や北部は,MCT背後の高ヒマラヤにあたるが,必ずしも地質図で示される地質境界沿いには発達していない.附記 本研究は,科学研究費補助金(若手研究(B))および,JICA/JSTブータンGLOFプロジェクトの経費を用いて実施した.