抄録
1.東日本大震災津波被害の概要(岩手県)2011年3月11日に発生した東日本大震災津波により、岩手県では、死者・行方不明者5千8百人余、家屋倒壊数約2万4千戸という甚大な被害を受け、約4万人が避難所からの生活再建を余儀なくされた。岩手県内の避難所は373箇所を数えた(同年3月31日時点)。2.避難所から応急仮設住宅へ 県は、発災翌日から、市町村に対して応急仮設住宅建設希望の調査を開始した(当面、8,800戸を想定)。プレハブ建築協会等により仮設住宅第一弾が着工されたのは3月19日、予定した13,984戸(319団地)全ての仮設住宅が完成したのは8月11日であり、その間5ヶ月間を要した。仮設住宅の用地確保には、三陸沿岸の急峻な地形的制約に加えて、適当な公有地が少ないことやガレキ置場との土地利用上の競合等により、決して容易ではなかった。この状況を打開するため、県は、これまで制度化されていなかった民有地の借り上げによる仮設住宅団地の建設を行なった(国は後から追認)。この措置は、用地確保の選択肢を広げたことや、被災前の場所のほど近くに仮説住宅を立地させる途を開いたという二点において評価したい。一方、次のような問題点が指摘されている。1)集団移転先など復興整備計画が必ずしも確定されない中、地権者から土地の返却を迫られるケースが現れている。2)沿岸から離れた場所の仮設住宅ほど、空き家が多く発生する傾向がある。3)建設事業者によっては、住宅の隙間・雨漏りや断熱性に難点があり、補修が必要となったケースもみられた。本シンポジウムでは、3)に関連して、仮設住宅の室内環境の実証的データを前段で提供する。3.応急仮設住宅から集団移転・災害公営住宅建設へ 現在、各市町村の復興計画に基づき、都市再生区画整理事業、防災集団移転促進事業などが計画されており(2012年9月現在、113地区)、用地交渉が進められている。また、建設予定の災害公営住宅5,639戸(県整備分2,821戸、市町村整備分2,818戸)について、地権者の内諾が得られたのは半分に満たない(岩手県復興局,2013)。これから工事が本格化すれば、作業員や資材の不足も懸念される。さらに、復興が長期化する中、自宅再建を断念する被災者が増加し、災害公営住宅の不足をもたらしかねない。全ての災害公営住宅の完成目標年次は、2015年度末としている。4.岩手県宮古市における仮設住宅建設の経緯 1)被災から5~7日後に、避難所を回り、避難者数と仮設住宅の必要戸数の概数をなんとか県に報告した。 2)用地の選定および敷地内インフラは宮古市が担い、住宅の建設は県が行なった。用地の借り上げやインフラ整備の費用は市町村が負担した(後日、この負担分は災害救助費が当てられた) 3)まとまった用地の確保は困難で、最終的には小規模な敷地に建設したケースが多かった。やむを得ず、小中学校や公園等の敷地を使用する事例が増えた。全体で62団地2,010戸を建設した(そのうち、市有地43団地、県有地2団地、民有地17団地)。 4)入居に当っては、希望を聞き取り、従前の地域ごとに入居できるように配慮した。入居者1,667戸(3,742人)、その他480戸であった(2011.12.14時点)。 5)仮設住宅では断熱性が不十分で、冬季の結露が大きな問題となった。県は災害救助法の適用外であった住宅の寒冷地仕様やバリアフリー化を行なった。 5.仮設住宅の室内温湿度環境と被災者の健康状態の把握 以上のように、被災者の生活再建の道のりは遠く、自宅再建ができない被災者の多くは、今後短くとも3年以上、仮設住宅での生活が否応なく続く見通しである。今後数年間の仮設住宅の生活を乗り切っていくには、パーソナル・スケールにおける生活環境の改善と、健康状態の維持・向上に意識的に努めていく必要がある。そこで、本シンポジウムでは、宮古市のある仮設住宅で得た多領域の実証的データを提供し、仮設住宅での生活のあり方を議論したい。このようなデータと議論は、仮設住宅から次の復興段階に移った時の生活再建やコミュニティ形成にとっても意義あることと考える。付記 本シンポジウムは、公益財団法人 トヨタ財団 「2012年度研究助成プログラム東日本大震災対応『特定課題』政策提言助成」の対象プロジェクト(D12-EA-1017)の成果発表の一部である。