日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0607
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発表要旨
映像メディアによる観光地の新しい空間表象と現地の反応
*神田 孝治
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抄録

Ⅰ. はじめに
 近年,映像メディアの撮影地を訪れて映像の世界を追体験する、フィルム・ツーリズムが注目を集めている。こうした観光が既存の観光地を舞台とする場合、映像メディアによる同地の空間表象は、それまで魅力を生じさせていたものと必ずしも同じではない。本研究では、映像メディアによってかつてない新しい空間表象が観光地にもたらされた場合、現地の地域社会がどのように反応するのかについて、映画『めがね』の舞台となった与論島と、アニメ『ひぐらしのなく頃に』の舞台のモデルとされる白川郷を取り上げて検討する。
Ⅱ.映画『めがね』と与論島
 与論島は、沖縄本島の北方約23kmの距離にある、周囲約21.9kmの小さな島である。この地は、1953年から1972年の沖縄本土復帰まで、南西諸島における日本最南端となっており、1970年前後にはサンゴ礁と美しい海の観光地として人気を博した。かかる観光ブーム時の与論島は、若者にとっての「自由」の島、「恋愛」の島であるとされ、ある週刊誌ではそこを奔放な性の楽園として描き出した。そうした与論島の空間表象や、それをもとに展開される若い観光客たちの実践は、地域社会の大きな反発を招いた。しかしながら、沖縄観光の本格化などを背景に、1979年をピークに観光客が漸減するなかで、次第に観光客と地域社会の対立は表面化しなくなっていった。
 2007年に公開された映画『めがね』は、この与論島をロケ地としており、そこに新しいイメージを付与している。「何が自由か、知っている」をキャッチコピーとする同映画は、都会から南の島にやって来た女性が、いわゆる観光をするのではなく、何もせず「たそがれる」という内容になっている。この映画は、1970年代の観光ブーム時と同じく、与論島に自由のイメージを喚起する。しかしながらその表象は、男性にとっての性的な楽園から、恋愛等をせずにゆったりとした気持ちでたそがれるという、特定の働く若い女性にとって魅力あるものへと変化している。こうした映画に対して、与論島の住民から反発の声を聞くことはない。そうしたなかで、地元の観光協会は、製作会社の意向や自分で情報を探して来島しようとする観光客の性質などから、大々的に観光宣伝を行わない方針をとっているが、時間が経過するなかで、映画『めがね』を観光に活用する取り組みを着実に進展させている。
Ⅲ.アニメ『ひぐらしのなく頃に』と白川郷
 白川郷は、1995年に世界文化遺産「白川郷・五箇山の合掌造り集落」に登録され、観光地として人気を博している地域である。1994年に日帰り宿泊計約67.1万人であった観光客は、2009年には約173.1万人にまで増加している。同地は近年、観光パンフレット等において、しばしば「日本の原風景」と表象されている。
 この白川郷は、2006年に公開されたアニメ『ひぐらしのなく頃に』の舞台のモデルであると考えられたことから、惨劇の村・雛見沢という新しいイメージを喚起することになった。雛見沢のイメージは、のどかな日本の原風景と、その裏に存在する隠された惨劇の村という両義的なものである。かかるイメージを消費する観光客は、世界遺産としての白川郷を訪れる人々とは異なる特徴を持っている。そうした観光客は、主として2~3名グループの若い男性で、多くがインターネットで情報収集し、しばしば白川郷のガイドマップを改変して作成された雛見沢の地図を持参して、アニメで登場したと考えられるポイントを見物するのであり、場合によってはアニメキャラクターのコスプレをしている。
 地元の観光協会は、先の与論島の事例と同じく、こうした観光客の性質上、積極的な宣伝を行わない方針をとっている。しかしながら、住民の反応は大きく異なり、一部で許容する声があるものの、アニメの内容やこうした観光客に対して嫌悪感を抱き、そのイメージが白川郷にふさわしくないと考える住民が存在する。こうしたなかで、白川郷においては、同アニメを活用した観光振興の動きを確認することができない状態にある。

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