抄録
報告者らはこれまで1990年代後半以降の変動期にある農牧業の変容過程について3つの観点から実態調査を進めてきた。一つは、シリンゴル盟,四子王旗を対象にした禁牧政策下の牧畜業の対応形態の実態把握である。二つめは、武川県大豆輔五福号,四子王旗,烏海市を対象にした世帯生産請負制の導入移行,急速に進んでいる商業的農業の展開とその性格の把握である。そして、三つめは生態移民による酪農団地の形成と酪農民の経営実態の把握である(蘇徳斯琴ほか2014)。
本報告は、上述した対象地域のうち、これまでジャガイモやトウモロコシを中心とした畑作と羊を中心とした組み合わせのいわゆる伝統的な在来型農畜生産を生業としてきた呼和浩特市近郊地域において成立した、農民専業合作社形式による生鮮野菜の通信販売を中心とする地域的な取り組みである。農民専業合作社は、これも前述した伊利や蒙牛などの酪農巨大企業、すなわち「龍頭企業」とともに地域経済の牽引役として2007年から制度化された新たな協同組合である。前者は、農牧民を垂直的に統合しつつ地域経済をリードし、後者は農牧民の共同により生産から流通までを合理化し、農牧民の利益拡大をはかる役割を担うものである(李・大島2010)。
その結果以下のことが明らかになった。特に呼和浩特市の近郊地域では、とりわけ農業/農村地域の場合、既に現状において若年層の都市部への移動によって日本以上に高齢化が進行しており、かつ従来の農産物(穀物やジャガイモ等)の生産地域再編成によって農業生産の魅力が急激に落ちている。加えて、個々の地域住民は一時的な金銭(補助金含む、ここでは主に土地利用権の賃貸)獲得に走りがちであり、合作社の設立によって逆に大きく需要が発生している農産物生産にそこが利用されるという構図がある。この類型(企業インテグレーション型)における今回の生鮮野菜を産品とする合作社は、とりわけ地域資源に依存しない経営形態が可能であるのに加え、その展開は過度な環境負荷を地域にもたらす可能性もあり、地域産業としての持続性にも疑問符をつけざるを得ないと考えられる。