抄録
1.はじめに
インドネシアでは、1997年の経済危機による一時的な停滞はあるものの、1980年代の輸出志向型工業への転換以降、経済成長が継続してきた。これに伴い、15歳以上労働人口に占める農林漁業従事者の割合は、1980年の55.9%から2011年には35.9 %まで大きく減少している(BPS 2012)。農林漁業従事者数については、人口増加を背景として2000年まで増加傾向にあったが(加納 2004)、2000年から2011年にかけては減少に転じている(BPS 2012)。
しかし、このような就業構造の変化に伴う農村住民による自然資源利用状況や世帯生計の変化については、報告者による2001年時点の西ジャワ農村の事例以降(遠藤2006)、ほとんど報告がみられない。このため、2001年時点で既に確かめられていた、1990年代以降の新規就業層を中心とした都市就業の拡大傾向とそれに伴う生計構成の変化についても、その後の動向が明らかとなっていない。また、報告者によるこれまでの分析では、薪炭利用等、収入源ではない自然資源利用についてはほとんど言及してこなかった。したがって、本報告では、2013年9月に実施した農村世帯調査を基に、西ジャワ農村における世帯生計と自然資源利用の現状を明らかにし、2001年以降のその変化について検討することを目的とする。
2.対象地域の概要と研究方法
本研究の調査対象地域は、西ジャワ州チアンジュール県、シンダンジャヤ村である。シンダンジャヤ村は、県庁所在地であるチアンジュールの東約10km、バンドゥン—チアンジュール—ジャカルタを結ぶ主要道路の北4km、チラタ湖南岸に位置している。2012年12月時点の人口は、6,484人、人口密度は1平方キロメートル当たり1,706人に上る。シンダンジャヤ村が隣接するチラタ湖は、チタルム川中流域に位置する面積約65km2のダム湖であり、コイやナイル・ティアピアの養殖が盛んに行われている。また、シンダンジャヤ村を含むチアンジュール県は、インドネシアにおけるブランド米の生産地域として知られている。このように、対象地域周辺では、チタルム川、およびその支流の水資源を利用した農業、水産業が重要な産業となっている。一方で、チタルム川の水質および水量の管理については、流域レベルを超えた重要な課題である。その背景には、チタルム川が首都ジャカルタの上水供給の8割を占める重要な水源であると同時に、世界でも有数の深刻な水質汚濁を抱える河川であることがある(針谷ほか 2011)。
2013年9月13日から16日の4日間、シンダンジャヤ村の1集落、RW8において調査票を用いた聞き取り調査を実施した。調査対象世帯は、RW8の隣組RT1、RT2の全世帯、およびRT3の一部世帯、全111世帯である。RW8は、村内で最も北に位置し、湖に隣接する集落であり、集落の全世帯数は265世帯であった(2013年8月時点)。調査項目は、世帯構成員の属性、世帯構成員の就業状況、世帯の動産・不動産所有状況、農地・養殖いかだの経営状況、薪炭利用の状況等である。
3.シンダンジャヤ村における世帯生計と自然資源利用
調査結果から、調査村周辺で行われている水稲耕作、および養殖業の多くは、大都市居住の経営者等、調査村住民以外によるものであることが明らかとなった。調査対象世帯の中で、水田経営世帯は6世帯、養殖いかだ経営世帯は12世帯に限られていた。一方で、調査対象世帯の就業者の40%以上が、農業、養殖業および非農業部門の賃金労働者であった。ただし、自給用の釣りや集落周辺での薪の採取、利用等については、広く行われていることが確認された。このように、この地域では、農村住民の多くが、周辺の自然資源を主要な生産財として利用するためのアクセスを持たず、自給用の消費材入手先として利用するに留まっていること、そして、主な収入は不安定な雇用労働に依存していることが明らかとなった。
(参考文献)
遠藤 尚 2006.西ジャワ農村における住民の階層構造と親族関係―ボゴール県スカジャディ村の事例―.アジア経済 47(9): 2-21.
加納啓良 2004.『現代インドネシア経済史論』東京大学出版会.
針谷龍之介・吉田貢士・加藤亮・黒田久雄・乃田啓吾 2011.インドネシア国チタルム川流域における利用可能水資源量の時空間分布.H23 農業農村工学会大会講演会講演要旨集: 266-267.
BPS 2012. Statistik Indonesia 2012. (『インドネシア統計年鑑 2012』)BPS.