日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P019
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発表要旨
秋吉台における ドリーネ地形と石灰岩上の蘚苔類の分布
*乙幡 康之羽田 麻美
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抄録

Ⅰ 研究目的
蘚苔類は,様々な基物に生育するが,土壌が未発達で高等植物の生育が困難な岩石や樹幹にも生育できる特徴を持っている。また,植物体が小さく空気中の水分に依存する蘚苔類は,高等植物よりも生育基物の化学成分や微環境の影響を受けやすいことが知られている。岩石上に生育する蘚苔類には岩石に直接生育するものと,腐植土を伴うものが知られ,腐植土は基物の影響を和らげていると考えられている。石灰岩地域に生育する蘚苔類は,特に岩石の影響を受けやすいが,同時にカルスト地形の影響も受けていると考えられる。本研究はドリーネにおける石灰岩上の蘚苔類群落の分布特性を明らかにし,ドリーネ地形との関係を考察する。

Ⅱ 地域概要と調査方法
秋吉台の真名ヶ岳(標高350m)の東斜面中腹に位置するドリーネ(標高250m)で調査をおこなった。このドリーネは樹齢約50年のスギ植林地となっており,林床に露出する石灰岩ピナクルの表面には蘚苔類群落が比較的良く発達している。また、ピナクル表面に形成するリレンカレンを蘚苔類群落が覆っていることから,かつてこの地域は現在台地上に見られるような草地であったと考えられる。近年このドリーネでは植林の伐採が行われ,ドリーネ底ではクサギ(Clerodendrum trichotomum)が侵入し,環境が変わりつつある。  このドリーネにおいて南北の地形断面を計測し,ドリーネ底からの比高により南向き斜面・北向き斜面をそれぞれドリーネ上部・中部・下部に区分した。これらの6地点において,露出する高さ1m以上のピナクルの南向き・北向きに20×20cmの方形区(高さ0-20cm,40-60cm,80-100cmを1セット)を2セットずつ設けた。方形区では蘚苔類の被度及び群度,方位,傾斜,腐植土の有無,ピナクルの大きさ,ピナクル全体の植被率をそれぞれ計測した。また,採取した蘚苔類は全て持ち帰り,種の同定は岩月(2001)に従って顕微鏡を用いておこなった。
 
Ⅲ 調査結果
出現した17種の蘚苔類を岩月(2001)による環境別に区分した結果,南向き斜面のピナクル中部~上部に分布する蘚苔類は,明るく比較的乾燥した環境を好むアツブサゴケ(Homalothecium laevisetum)などが腐植土を伴って出現した。さらにこれらの地点では,石灰岩地域に限って出現するギボウシゴケ(Schistidium apocarpum)などの石灰岩性の蘚苔類が多く出現し,南向き斜面全体で5種類確認された。また,石灰岩性の種は腐植土を伴わず,ピナクルに直接根(仮根)を伸ばし生育する傾向があった。一方,北向き斜面では,石灰岩性の蘚苔類の出現は2種で少なかったが,全体的に蘚苔類の植被率が高く,トヤマシノブゴケ(Thuidium kanedae)など日陰~やや湿潤な環境に分布する種が見られた。ドリーネ下部では,より湿潤な環境に分布するキダチヒダゴケ(Thamnobryum plicatulum)が腐植土を伴って出現した。  

Ⅳ ドリーネ地形と蘚苔類の分布環境
蘚苔類の分布は深さ約10mのドリーネにおいて,斜面の向きやドリーネ底からの比高によって違いが見られた。ドリーネ地形はすり鉢状の形態から,斜面の向きの違いや垂直方向の高度差を形成する。これらの違いが日射や気温,湿度などの異なる環境をドリーネ内にもたらすと考えられ,この違いによって蘚苔類の種の分布が既定されていると考えられる。ドリーネ中部~上部の日当たりが良く乾燥したピナクル上には,石灰岩性の蘚苔類が多く出現し,また腐植土も見られない。したがってこのような環境下では蘚苔類の遷移が保たれやすいが,ドリーネ底や北向き斜面のような日陰で湿潤な環境下においては,腐植土が発達しやすく,蘚苔類の遷移も進みやすいと考えられる。

参考文献:岩月善之助編(2001)日本の野生植物 コケ.平凡社,355p.
謝辞:本研究は,平成25年度東京地学協会研究・調査助成金の支援を受けた。

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