日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: S1106
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発表要旨
都市社会地理学の発展と都市地理学
*神谷 浩夫
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抄録

1.目的
本報告の目的は,近年の都市社会地理学の発展の動向を振り返ることを通じて都市地理学の今後を考えることにある.そこでまず,都市社会地理学が隆盛となってきた背景を考察し,次に現代都市を対象として都市社会地理学的な研究が取り組んでいるテーマを概観する.最後に,今後の都市地理学と都市社会地理学の方向性について考えてみる.

2.都市社会地理学台頭の背景
都市社会地理学という用語は,比較的最近になって登場した.都市への社会地理学的な視点からのアプローチが近年になって発展してきたので,それらを都市社会地理学と呼ぶようになった.
計量革命は従来の個別記述的な地理学研究を排し客観科学として法則定立的な地理学を確立しようする動きであり,地理学研究に多大な影響を及ぼしたが,その一方で多くの地理学者から強い反発も起きた.新古典派経済学における定量化は方法論的個人主義 に依拠しており,社会制度や社会構造の問題は考察の対象外に置かれてしまうからである.
計量地理学に対する批判として台頭した新しい地理学研究のアプローチとして,第1に行動論的アプローチ,第2に構造主義マルクス主義のアプローチ,第3に人文主義的アプローチがある.

3.その後の都市社会地理学の展開

<シカゴ学派と都市社会地理学>
1980年代に入って日本の都市地理学では,計量革命の影響を受けて中心地研究や等質地域区分あるいは社会地区分析においてコンピュータを活用して多変量解析を行う研究が盛んに行われるようになった.日本の都市地理学では,シカゴ学派都市社会学の中でもバージェスの同心円地帯構造やパークの同化理論に注目が集まったが,都市的生活様式としてのアーバニズムが引き起こす疎外や不安,逸脱といった問題に都市地理学者が取り組むようになるのは,1990年代の文化論的転回を経てからである.

<文化論的転回>
1990年代には,ポスト構造主義のアプローチが台頭し,カルチュラルスタディーズやポストコロニアル理論の影響を受けた研究が隆盛をみるようになった.都市研究では,都市景観や都市イメージ,そして空間そのものが社会的に構築されていることを読み解くアプローチが活発化していった.文化を重視するこうした見方は「文化論的転回」と呼ばれている.文化地理学的な研究は,従来の都市地理学において地図や図表による表現方法が多用されてきたことに異議を唱え,参与観察や深層インタビューなどを含むエスノグラフィーの手法が広く用いられるようになってきた.地図や図表による表現が忌避される理由は,それらは客観性を保証するために権力と結びついていることにある.しかしその一方,異質性を重視するポストモダニズムは過度な相対主義に陥る危険も指摘されている.

<都市を取り巻く環境の変化>
都市地理学の研究対象は,もちろん都市である.都市地理学の研究対象である都市そのものが変化すれば,それに対応して研究の方法や観点も変わらざるを得ない.現代都市を取り巻く環境は大きく変化しているが,グローバル化の進展と人口学的変化の影響が大きいだろう.
グローバル化は,資本主義の深化とともに欧米諸国で多国籍企業が急成長し,国境を越えたヒト・カネ・モノの移動が活発化することで顕著となった.そしてケインズ主義福祉国家の後退により,貧富の差が拡大し,医療や福祉の分野では効率化が叫ばれるようになってきた.近年では社会の二極化が進み,貧困問題や失業問題が深刻化している.製造業では,多国籍企業は生産工程の再編成を推し進め,単純工程が海外に移転することにより,都市のサービス経済化は拍車がかかり,高度な対事業所サービスが拡大する一方で,医療や福祉など対人サービスでは低賃金が常態化しつつある.
現代都市を取り巻く環境の変化として,グローバル化と並んで重要なのが人口学的変化である.少子高齢化の進展にともない,高齢者福祉施策の整備も順次進められてきた.その一方,1990年代に始まる民活路線の波は福祉の分野にも及び,中央政府および地方自治体の財政逼迫とも絡んで,福祉の営利化や切り捨てなども起きている.そのため,新しい公共の構築が急務となっている.

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