ポスト成長都市の地理学的研究の課題Agenda of geographical study on post-growth city
日野正輝(東北大)Masateru HINO(Tohoku University)
キーワード:ポスト成長都市、持続可能性、縮退都市、生活の質、行為者中心のネットワークKeywords:post-growth city, sustainability, shrinking city, quality of life, actor-centered networks1. はじめに「持続可能な都市空間の形成に向けた都市地理学の再構築」を研究課題とする科研グループ(2012~15年度)では、すでに、大都市圏の空間変容、中心市街地の活性化の問題、大都市都心部でのジェントリフィケーション、平成の市町村合併の総括、都市システムの変化等について検討してきた。それらの検討結果は、E-Journalのシンポジウム記事、日野・香川(2015)およびHino & Tsutsumi (2015)などにおいて報告してきた。
そのなかで、時代認識として、ポスト成長社会の到来を提起した。しかし、ポスト成長社会、ポスト成長都市の定義を提示していない。成熟社会、人口減少(縮小)社会などの用語が使用されていることからすれば、ポスト成長の用語を使用する意図を説明することが求められる。そこで、これまでのグループの研究成果を踏まえて、当該概念を使用した意図および必要性について説明し、ポスト成長都市に関する地理学的研究の課題について提示したい。
2. ポスト成長社会に係る認識・論点1) 人口減少を前提とした社会の構想:「第二の人口転換」と、その背後に国民の生活様式および価値観の変化があることは広く認識されている。この認識からすると、人口減少を前提にした社会の在り方を考えることが必要になる。
2) 持続可能性の確保:人口減少が進む中で、社会や都市の活力を維持し、豊かさを求める方向を表現する適当な概念として持続可能性がある。
3) 持続可能性の概念の広がり:当該概念の普及は1992年の国連主催の地球サミットにおいて、「持続可能な開発」の概念を基礎にした種々の地球環境問題への具体的な取り組みが開始されたことを契機とする(大来監修、1987)。それ以降、持続可能性の概念は地球環境問題の文脈に限らず、ヨーロッパでは都市政策の分野において「持続可能な都市」の概念が提起されてきた(岡部、2003)。
4) ポスト成長と成長の関係:両者は二律背反の関係にあるのではない。ポスト成長社会においても、社会や都市の活力を市場競争のなかで維持するためには経済の活性化は求められる。ただし、活性化の内容が社会や都市の持続性と調整されたものになることがポスト成長社会の特徴である。
3. ポスト成長都市の地理学的研究課題1) 生活の質に関する研究
Pacione(2015)は、ポスト成長都市の研究課題として、①都市の縮退現象(Shrinkage)に関する研究と、②生活の質(Quality of Life)に関する研究を挙げている。後者の課題については、生活環境の質を計測し、その空間的差異の問題点を検討することに主眼が置かれている。安心・安全なまちづくりといった場合、安心や安全の程度を都市の各地区について計測し、空間的格差の問題の改善につなげて行く。都市圏の社会地図の作成なども、当該研究に位置づけられる。
2) 行為者中心のネットワーク形成に関する研究
Hino(2015)は、都市の持続的な活性化の方途として、都市の様々な主体が自己を中心にして都市内外で形成するネットワークの育成を掲げ、その実態把握とその育成のための環境整備の必要性を提起している。日本企業の海外進出が一般化した段階では、域外の大手資本の進出を期待した都市経済の振興を期待することは難しくなっていること、したがって、従来型の方策とは別に都市の様々なステークホルダーが有する潜在的能力の発現を促し、それを拡大させるネットワーク形成に都市の持続可能性を期待している。
参考文献大来左武郎監修(1987):『地球の未来のために―環境と開発に関する世界委員会編』福武書店
岡部明子(2003):『サステイナブルシティ』学芸出版社
日野正輝・香川貴志編(2015):『変わりゆく日本の大都市圏』ナカニシヤ出版
Masateru Hino and Jun Tsutsumi eds. (2015):
Urban Geography of Post-Growth Society, Tohoku University Press.
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