日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 918
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発表要旨
高知県高知市の街路市の展開と流通システムの空間性
*中村 努
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抄録

Ⅰ.はじめに
受給接合機能は流通業の担う主要な役割の一つである。具体的には,①生産と消費における人的隔たり,②生産地と消費地との地理的・時間的隔たり,③それに起因する情報の隔たり(非対称性)を埋めることである。生産地と消費地が国境を越えて広域化している流通システムにおいて,流通業への役割期待はますます高まっている。特に,食品の安全性への関心に対する高まりを背景として,生産者と消費者相互のコミュニケーションのニーズが生じている。  一方,地方都市のなかには,短距離輸送で実現可能な狭域流通システムが残存している。たとえば,高知県高知市で展開している街路市の出店者は,自家生産した農産物などを低価格で対面販売している農家が多い。それは効率性や量,品質の安定性において,広域流通システムに比べて劣る部分が大きい。しかし,生産者は自身の生産にまつわるストーリーや生産哲学(出所の確かさ,生産履歴の開示,調理法などの伝達)を直接消費者に伝えたり,消費者から要望や感想を聞いたりすることで,さらなる生産意欲につなげることができる。
そこで本発表は,高知県高知市における街路市出店者へのアンケート調査をもとに,狭域の流通システムの展開とその空間的特性を明らかにする。そして,街路市への出店者が,自家生産物の低価格販売に関与する理由について,その経営行動から明らかにする。
 
Ⅱ.高知県高知市における街路市の出店者の特徴
街路市出店登録者数は,460人で,そのうち高知市内出身者は329人(71.5%)である。業種別の出店登録数は野菜が約4割を占め,農産物加工,植木・花,果実と続く。出店者数の減少と高齢化(60代が中心)が進行しており,夫婦2人で運営している出店者が多い。自家生産のみによる農産物の販路を,街路市以外に求める出店者の割合が高い(表)。日商が大きいほど常連客数は多い傾向にあるが,最近の売上高は低下傾向にある。生活のために出店継続の意思はあるものの,後継者がいない出店者が56%にのぼる。一方,出店のメリットとして,顧客とコミュニケーションがとれること,生きがいであることなどが挙げられた。

  Ⅲ.低価格で生産販売に関与する出店者の要因
市場・流通業者との取引においては,定期的に一定の品質・形態・量を確保するため,少品種大量生産による規模拡大や設備投資による安定調達が求められた。しかし,街路市への出店であれば,上記の制約はないため,多品種少量生産を基本として,地元でのみ消費される商品を販売する以外に,規格外品や欠品が生じた場合,価格を下げたり,出店を取りやめたりするといった柔軟な対応が可能である。
その反面,収穫量や客数は天候に大きく左右されるが,欠品時の代替品や余剰生産物の販路が少ないため,大きな欠品や余剰のリスクを抱える。加えて,高齢夫婦のみで農産物生産から販売に至る全工程を担っている出店者が多く,その労働にかかる負担はきわめて大きい。それでも街路市への出店を継続している理由は,出店コストの低さとともに,出店によって「顧客とコミュニケーションがとれる」「生きがいとなる」という彼らの言説に象徴される。街路市は農家にとって同業者同士のコミュニケーションの場(生産哲学の共有,仲間づくり)であると同時に,消費者とのコミュニケーションの場(消費者ニーズの収集および消費者への生産哲学の伝達)でもあるととらえられる。
上記の情緒的価値は,セルフサービス方式で展開されるスーパーなど近代的小売業者では実現しにくい。たしかに近年,農産物直売所や顔の見える野菜,地産地消型マルシェ,生産者と消費者が直接顔を合わせる農業祭といった取組みもみられ,より高い安全性を追求する消費者の支持を得ている。しかしながら,コミュニケーションの形態や規模,実施頻度からみて,生産者と消費者が直接交流する機会が担保されているものばかりではない。
一方,街路市は定期市として,高知県内という狭域のスケールで完結する流通システムである。そして,生産者同士や,生産者と消費者とを結び付けるコミュニティ機能を有しているといえる。現在,生産販売の継続に向けた公的支援が展開されているが,公正性の観点から,そのあり方をめぐるさらなる議論が必要であると考えられる。

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© 2015 公益社団法人 日本地理学会
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