抄録
1. 地理学の学修で獲得すべき基本的な能力
日本学術会議の地理学参照基準は、職業上・市民生活における地理学修の意義を、地域社会に関する問題発見能力と問題解決能力とする。その修得には、①地域の比較や形成・変容過程の把握能力、②様々な空間スケールに対応した思考・判断能力、③文理統合・総合科学を活かした地球環境問題解決能力が求められる。
そのためには、①地域を客観的に総覧する能力、②地域診断能力、③五官を総動員して地域・現場で考える能力、④新たな地域現象や地域変容の法則や原理を見いだす能力、⑤論理的な思考力を持つリーダーとしての能力、⑥地域情報を収集・加工・整理して論文等適切な形での発信能力の獲得が重要となる。
2. 実務地理関係者への実態調査と地域調査士制度創設
2009年度日本地理学会企画専門委員会(戸所隆委員長)は、地理学の素養を持つ人材の活躍機会を拡大強化するため地域調査士制度の創設を目指した。その基礎資料に実務地理関係者の活動状況と地理学的知識・手法の活用実態が必要となり、地理学関係学会に所属する実務地理関係者アンケート調査を(財)国土地理協会の研究助成で実施した。本発表ではその成果を基に、地理学履修者の実社会における活動実態と課題を考える。
3. 地理学教室卒業生の進路と実務地理関係者への実態
地理学教室卒業生の就業実態は1984年時点であるが、教職が36.0%、官公庁9.5%、民間企業27.9%、退職者・家事などその他が26.6%である(『立命館大学地理学教室50年史』消息把握可能な旧制大学以来の卒業生1880名対象)。1960年代までは卒業生のほとんどが、教職と官庁に就職していた。しかし、団塊の世代が卒業する1970年頃から交通・観光、出版・報道、金融、流通を中心に民間企業への就業が急増している。この動きは卒論のテーマにも現れ、1960年までは農業や資源を中心に第一次産業の研究が多かった。しかし、1971年以降は都市や商業・交通・観光が急増し、自然環境・災害研究の漸増も見られる。
実務地理関係者アンケート回答者の職業は、専門的・技術的職業が55.0%と最も多く、管理的職業13.7%、事務的職業16.2%、サービス・販売職5.2%となる。年齢と職業の関係は、専門的・技術的職業、事務的職業は20・30代での割合が高く、管理的職業は年齢の上昇に伴い高くなる。
4. 地理学的手法等の活用状況と社会的評価
地理学を活かせる就職先を考えた実務地理関係者は86.4%である。面接時に70.5%が地理学的手法等をアピールしているが、人文地理より自然地理関係者に多い。
地理学的手法等の活用状況は、「報告書を作成する能力」や「地図の読み取り、地図表現に関するスキル」で高く、「GISに関するスキル」や「測量に関するスキル」、「多変量解析など計量手法に関するスキル」、「人文・社会に関するフィールドワーク」などの活用度が低い。
5.地理学徒の活躍が期待される産業分野・職業
実務地理関係者の期待する産業分野は、コンサルタントと地方行政が共に80.5%で、教育・研究78.7%、地図・測量77.9%、観光旅行74.6%、中央行政61.4%も高い(複数回答)。他方、製造業と金融業はそれぞれ11.8%、11.4%と低い選択率である。
職業分野では、地方経済に関する調査・分析79.2%、地域づくり78.1%、地域マーケティング67.7%、防災67.3%、教育65.8%、政策立案59.5%などが多く選択されている。 他方、税理士・会計士などの専門的職業8.2%、営業職19.0%などは低い選択率である。
6. 地理学振興への課題と学会活動改革の方向性
地理学振興課題で最も多い回答は「地理学者・地理学徒が地理学の有用性を企業や社会に対して明確に情報発信していない」69.0%である。他方で、「地理学は基礎学問で十分であり、社会との接点を模索することは不要」は2.2%にすぎない。また、「カリキュラムが実務地理関係者のニーズや社会の要請に合致していない」55.4%や社会の「地理=暗記」という誤解や理解不足や地理学界の社会貢献の低さが共に39%と問題視されている。
実務地理関係者の活動環境向上への学会改革としては、地理的技能・スキルを証明する資格制度の創設54.3%やカリキュラムの標準化・共通化31.5%が多い。その後、前者は地域調査士制度、後者は地理学参照基準が制定された。また、実務地理関係者は学会との関係強化69.5%、一般社会向け情報発信52.8%、地理教育活性化へのロビー活動39.4%、他分野を凌駕する研究発信37.9%を要望している。