抄録
1.はじめに<BR> モンゴル国では近年,首都ウランバートルへの人口集中が顕著に進んでいる.ウランバートルでは人口増加に伴って「ゲル地区」とよばれる一帯が拡大してきた.ゲル地区とは,市街地周縁部に広がる上下水道の整備されていない居住地であり,地方からの移住者をはじめ市内のアパートに住むことのできない人が木柵で囲った区画を形成し,テント状のゲルや自作の木造家屋で生活している.ゲル地区の拡大について言及される際には,この現象が対処されるべき都市問題として取り上げられることが多い.<BR> ゲル地区を対象としたこれまでの研究では,住民に対する聞き取り調査などが主として行われ,ゲル地区の形成・拡大とその背景となる事象との結びつきは積極的に検討されてこなかった.またゲル地区住民の生活実態に焦点がしぼられることが多く,ゲル地区をウランバートルの都市化の中に位置づけて考える広域的な視点が欠けていた.ウランバートルの都市化については,社会主義時代と1990年の民主化,民主化以降の経済的困窮時代,2002年の土地法制定,昨今の経済的発展など,時代背景の中で人の流れの変化,住まい方の変化を明らかにすることに加え,その中でゲル地区がどのように移り変わっているのかを検討することが必要である.<BR> 本研究では,こうした問題意識にこたえる予備作業として,既往研究において積極的に活用されてこなかった統計・地図を用いることにより,経済発展の中で進んできたウランバートルの都市化の過程にゲル地区を位置づけるとともに,その拡大の過程を客観的に把握する.<BR>2.手法<BR> 統計はNSO(モンゴル国家統計局),UBSTAT(ウランバートル市統計局)より公開されているものを,地図は市役所より市販されているものを用いた.本研究の特長は航空写真(モンゴル地理学研究所と名古屋大学の共同研究に基づく資料の提供を受けた)を用いてウランバートル市内の土地利用の変化,とりわけゲル地区の拡大を分析したことである.航空写真は1975年・2003年のものに加え,現状を把握するために2014年のものをGoogle Mapsから取得した.航空写真からは,個々のゲルや建物が確認できる.したがって,ゲル地区内の区画の拡大や変化,あるいは区画内のゲルと木造家屋の構成を把握することができる.<BR> 航空写真はIllustratorに取り込み,「ゲルと木造家屋から成る街区」と「集合住宅・ビル」とでそれぞれを囲い,3年次分を重ね合わせた.また,ゲル地区内部の区画についてもひとつずつ囲い,区画内のゲルと木造家屋をそれぞれ特定した.<BR> その結果,1975年にゲル地区であった場所は2003年にはほとんどが集合住宅またはビルになっていた.一方で ,2003年に新たにゲル地区となった場所は2014年にはさらに郊外へ拡大し,集合住宅・ビルの建設は見られなかった.こうした地区では,ゲルのみであった区画からゲルと木造家屋,または木造家屋のみの区画になるという変化が見られた.区画は街区の隙間を埋めるように広がっているほか,細分化も見られた.