抄録
1.研究背景
三陸海岸北部には中期更新世以降の大規模な海成段丘が分布することが知られており,それらの段丘崖を横断する河川群には河川遷急点が認められる(大上,印刷中).これらの河川遷急点は海成段丘の縁に発生し,現在の位置まで移動してきたと考えられる.そのため,河川遷急点の移動速度は段丘編年にもとづいて見積もることが可能であり,その後退速度は1.1−9.8mm/kyである.一般に遷急点の移動は河床縦断形を大きく変化させる.そのため,流域の地形発達,特に海成段丘の開析過程を考える上で,その移動速度の規定要因を整理・評価することに意義がある.岩盤河川にみられる遷急点は,遷急点の前後区間における河床侵食速度の差が生じることによって移動すると理解されている.岩盤河川の河床侵食速度について,侵食速度を河川流量および河床勾配の関数としてとらえた,ストリームパワー侵食モデルを基礎とした研究事例が蓄積されつつある.遷急点の移動については河川流量にもとづく後退モデルを適用した事例が示されている(Berlin and Anderson, 2007).しかし,遷急点前後の河床縦断形が一様ではない場合,河川流量に加えて河床勾配の違いによって生じる効果が大きくなると予想される.三陸海岸北部に発達する河川遷急点について,遷急点付近の河床縦断形(河床勾配)は多様である.そのため,三陸海岸北部の河床遷急点を対象とし,遷急点の後退速度に対する河川流量および河床勾配の効果を検討した.
2.遷急点後退モデル
三陸海岸北部に発達する河川遷急点は以下のような特徴を持つ.①遷急点は滝を伴わず,遷急点を境として下流側では河床勾配が3−10倍増加する.②遷急点の前後の区間はそれぞれ直線的な縦断形をなす.③遷急点付近では大きな支流の流入はなく,流量(≒それより上流の集水域面積)の変化が小さい.これらの特徴をもとに,特に遷急点の前後の区間が直線的であるこに着目して,遷急点の移動をモデル化した.すなわち,それぞれの区間内の任意の座標(x, z(T))の時間変化を単純化して,z=z0+S(x-x0)-KAmSnTと書くことができる.ただし,(x0,z0)は,T=0における座標,Sはその区間の河床勾配,Aは遷急点より上流側の集水域面積,K,m,nは定数である.なお,遷急点が明瞭に保存されていることから,拡散項は無視できるものと考えた.ここで,遷急点の上流側,下流側それぞれの式を連立させると,その交点(=遷急点)の座標を定式化できる.すなわち,上流側区間の河床勾配をS,下流側の河床勾配をS×aとすると,遷急点の位置について,x=x0+KAmT×Sn(an-1)/S(a-1)と解くことができる.
3.遷急点後退速度との比較
三陸海岸北部における9本の河川に発達する遷急点について,海成段丘編年にもとづいて見積もられた後退速度と,モデルから推定された後退速度を比較した.定数m,nについては,既存研究を参考にそれぞれ1/3,2/3とした.このとき,遷急点後退速度と,モデルによる後退速度を比較すると,その相関係数は0.37であった.一方,遷急点後退速度と集水域面積(≒河川流量)の相関係数は0.13である.このことは,河床勾配をモデルに加えることにより,遷急点後退速度をより適切に評価できることを示す.ただし,河床勾配は一般に時間変化するため,現在の河床勾配にもとづいた過去の河床変動の推定には注意が必要である.そのため,過去に河床勾配がどの程度変化してきたか地形的証拠にもとづいて検討すること,さらに,それらにもとづく河床変動シミュレーションによってモデルを検証することを今後の課題として挙げられる.
引用文献:大上(印刷中)第四紀研究.Berlin and Anderson (2007) JGR.