日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 717
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発表要旨
大規模自然災害の被災地における地域農業構造の変化とその要因
長崎県島原雲仙地域を事例として
*観山 恵理子
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抄録

1.研究の背景・目的
近年,気候変動などにより,世界的に大規模な自然災害のリスクが高まる中で,災害に起因する地域農業の長期的な変化と適応に関する研究の重要性が高まっている.しかし,大規模な自然災害を契機とした産地の変容については,事例数が少ないこともあり,特に先進国における研究が少ない.一般的な産地形成の議論と比較して,大規模な自然災害が起こった地域における産地の再編に特徴的なことは,(1)防災対策の必要性,(2)多額の復興支援金や復興事業の存在,(3)移住やボランティア活動などを契機とする人間関係,地域の人々のつながりの大きな変化,などである.

本研究では,産地形成の要因として既存研究で検討されてきた技術革新・組織化・農業政策などが大規模な自然災害の発生によってどのように変容し,地域農業の構造変化につながったのかを検討する.
事例として,1990年代に雲仙普賢岳の噴火災害により大きく作付体系を変化させた長崎県島原雲仙地域を取り上げ,災害復興事業の一部として実施されたハウスの建設をきっかけとして栽培面積が拡大した春ハクサイ栽培の組織化と販路の拡大について分析を行う。

2.雲仙普賢岳噴火災害と地域農業
長崎県島原半島の中心部に位置する雲仙普賢岳は,1990年から1995年にかけて大規模な噴火を断続的に繰り返し,島原市ならびに旧深江市(現南島原市)の667戸の農家が被災した.雲仙普賢岳噴火災害の特徴として,(1)避難生活が長期間にわたったこと,(2)農地,住宅地,農畜産業設備が火砕流・土石流によって壊滅的な被害を受けたこと,(3)降灰による被害が広範囲,長期間にわたったこと(4)噴火活動の終息後も砂防施設の建設等により,大規模な移住や農地の再編成が必要とされたこと,が挙げられる.

被災地域は,もともと葉タバコの露地栽培を中心とする畑作地帯であったが,降灰被害を回避するために施設園芸(ガラスハウス)の導入に補助金が支給され,噴火災害をきっかけとして,地域の主たる作付品目はハウスを利用したキクや春ハクサイ等に大きく変化した.

最も被害の大きかった島原・深江地区では,度重なる土石流による被害を防ぐため,被災農地の一部は砂防用地として国によって買収され,農地の大規模な区画整理が行われた.その結果,耕作面積を縮小させた農家にとっても,単位面積当たりの収益が高い施設園芸への転換が望ましかったと考えられる.

区画整理や新しい農業基盤整備の過程では,離農する農家から規模拡大を希望する農家へと農地のやり取りがスムーズに行われるよう,長崎県島原農業改良普及センターにおいて「営農復興連絡会議」が組織され,被災農家の代表,行政,農協,日本たばこ産業(株)土地改良区等の関係機関すべてが参画した協議が行われた.

災害後に作付面積を大きく伸ばした春ハクサイについては農協を中心とした生産と出荷の組織化が行われている.ハクサイは全国的には,降雪の少ない地域で秋から冬にかけて露地で栽培されるのが一般的である.関東地方には,最盛期を過ぎた春先でも大規模産地である茨城県からの入荷があるが,西日本には春先に大きな産地が無く,端境期となっていた.そこで,島原半島からは,出荷先市場を関西の都市部に絞り,他産地の端境期を狙って出荷することで市場シェアを拡大させた.このように,ハウスを活用して,他産地の端境期となる春に大阪を中心とする都市部の市場に出荷することにより,単価が上がりにくい重量野菜であるにもかかわらず,比較的高い収益を上げることが可能となった.

また,ハクサイは,収穫作業が労働集約的であることから,農協が日雇い労働者の斡旋を行うなど,集荷と販売の努力を継続的に行うことで集荷量を確保している.

このように補助金を活用した大規模な生産基盤の整備と地元の人的ネットワークを駆使した労働力の確保,そして,指定市場を通した安定した販売を通じて,災害発生から20年以上が経過した今日でも,春ハクサイは島原半島における代表的な農産物のひとつとなっている.

3.まとめ

1990年代に大きな被害を受けた長崎県島原半島の被災地では,災害復興事業を契機として新品目への転換が進み,地域農業の再興が実現されたと考えられる. 災害をきっかけとして離農農家が増加したにも関わらず,農地の区画整理や新品目の導入がスムーズに実施された理由として,農業復興と農地利用の効率化のために農業者,地方自治体,土地改良区など多様な主体を含む協議会が設置されたことや新品目について収益が見込める販路が確保されたことが挙げられる.

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© 2015 公益社団法人 日本地理学会
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