日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 513
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要旨
長崎県新上五島町における医療再編による介護サービスへの影響
*中村 努
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抄録
Ⅰ.はじめに
日本では,ベビーブーム世代が後期高齢者(75歳以上)に到達する2025年を念頭に置いて,療養病床の削減と在宅医療への移行を軸とした医療供給体制の改革が議論されている。その実現のため,住まい,医療,介護,予防,生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築により,慢性期,回復期の患者や要介護高齢者の療養の場を確保することが急務となっている。
新上五島町に属する中通島は,医療再編が先行した離島である(中村,2014)。病床を有していた4つの医療施設が無床の診療所となり,入院機能をもつ医療施設は,中心集落(上五島地区)に立地する上五島病院に集約された。上記の医療再編は,島内遠隔地における在宅医療や介護サービスの供給体制に少なからぬ影響をもたらしていると考えられる。そこで本発表は,長崎県新上五島町を事例に,医療供給体制の再編が在宅医療や介護サービスの供給に与えた影響を検討する。

Ⅱ.長崎県新上五島町における介護需給の実態
長崎県新上五島町においては,高齢者人口はしばらく横ばいの後,減少していくことが推計されているが,高齢化率は35.8%(2014年度)と長崎県内で2番目に高く,長崎県(28.7%),全国平均(26.0%)を大きく上回っている(新上五島町,2015)。65歳以上人口の増加に伴って,高齢単身世帯の割合や認定者出現率は増加傾向にある。
介護保険制度改正に伴って,高齢者が住み慣れた自宅,地域で生活し続けられる環境づくりを図るため,日常生活圏域の設定が義務付けられている。新上五島町では,合併前の旧五町を日常生活圏域に相当するとして,整備計画等が推進されている。
新上五島町が実施した日常生活圏域ニーズ調査によると,日常生活における自立度について,有川地区が最も自立度が高く,次いで上五島,新魚目,奈良尾,若松の順となっている。社会参加については,奈良尾が最も低く,次いで若松,有川,新魚目,上五島の順となっている。また,家族構成や生活状況について,一人暮らしの割合は奈良尾で最も高く,日中一人になることがある人の割合は,若松で相対的に高い値(79.3%)を示す。要介護や介助の割合は,若松で最も高く,配偶者(夫・妻)が介護や介助をしている割合が他地区に比べて高い。現在の暮らしの状況が苦しいと回答した人の割合についても,若松(63.2%)が他地区を上回る。
看取りについては,居宅サービスの利用者が増加しているが,軽度の要介護者は施設サービス利用が中心となっているという。しかしながら,新上五島町における介護サービスの待機者は2015年4月1日現在,218人となっている。介護従事者の不足に加えて,施設の新規立地の見込みもないことから,待機者のなかには,やむを得ず,短期入所生活介護サービスを更新しながら利用する場合が多いという。

Ⅲ.医療再編による通院・介護サービス供給への影響
病床削減によって,遠隔地に居住する人工透析患者の交通手段の確保が課題となっている。奈良尾地区では,人工透析が受けられる医療機関がなくなったため,週3日30分以上かけて上五島病院に通院する患者が生じた。そこで,2014年以降,新上五島町が道路運送法第78条に基づく市町村運営有償運送(福祉輸送)の登録を行った車両により,社会福祉協議会への委託のもと,奈良尾地区の人工透析患者に限定した送迎サービスが開始された。サービス実施日は日曜日以外であるが,すべての利用日時において利用者がいる状態であるという。
加えて,医療再編後,訪問看護サービスの供給に変化がみられた。上五島病院では訪問看護ステーションに専属する6人の看護師が,50人の利用者に対して訪問看護を実施している。しかし,公的機関がステーションを運営するには,人件費が高いために事業単体では赤字になるという。一方,奈良尾地区に立地する奈良尾医療センターは,再編当初,訪問看護ステーションを設置し,訪問看護のみを行う看護師を配置していた。しかし,採算が取れないことから,訪問看護ステーションを廃止する代わりに,外来を担当する看護師が,外来診療後に訪問看護を行う,みなし訪問看護が実施されることになった。
これに対して,上五島病院の元看護師が2011年,有川地区にNPOのヘルパーステーションを併設したホームホスピスを開設し,2015年5月以降,3人の看護師が13人の利用者に対して,訪問看護を実施している。このようにして,上五島や有川といった中心部では,介護サービスの充実が図られる一方,奈良尾や若松などの周辺部において,サービスの縮小がみられ,人材確保と事業採算性の点から,介護アクセスの格差が拡大する傾向にある。
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© 2016 公益社団法人 日本地理学会
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