日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 1020
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要旨
ドイツの周辺部における経済活力ある農村地域
*山本 健兒
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抄録

 

日本では「地方」における経済的疲弊の克服が課題となっているが,欧州にはグローバリゼーションの進展下でも経済活力ある農村地域が国内の経済的・地理的周辺部であっても存在している.その典型例は,ドイツ北西部に位置するエムスラントである.本報告は,この地域の経済状況に関する統計でそのことを確認し,かつドイツの地理学者によるこの地域に関する議論の検討を踏まえて,周辺的農村地域の経済発展の条件に関する考察を目的とする. 

かつてこの地域はドイツの「貧民収容所」と呼ばれるほどに貧しい地域であった.この地域の本格的な開発が始まったのは1951年である.同年に設立されたEmsland GmbHが,連邦及び州政府,そして地元の諸郡による公共投資を受けて農地整備を進展させ,1970年代後半には混合農業地域としてドイツ内の他の農業地域に比べて遜色ない経済水準に達したとされている.

しかし,地域南部は既に1950年代においてドイツ全国平均に近い1人当りGDPを示していた.他方,北部のそれは全国平均の60%に達していなかった.つまりエムスラントの全てが貧しかったわけではなく,郡内での地区間格差が大きかった.

他方,1990年代初め時点で1人当たりGDPが依然として全国平均(20,453€)に比べて低かった(18,935€)ものの,その後の成長は目覚ましく,2012年には36,734€と,全国平均(32,550€)を10%強上回っている.このような経済発展の要因を,Danielzyk und Wiegandt (1999)は,低い人口密度と低平な土地を利用して他地域では歓迎されない原発などの大規模施設を有力郡長のもとで積極的に誘致したことや,1980年代以降の中小製造企業の発展などに求めている.ハードな立地条件と並んで,住民の経済に関するメンタリティと,郡自治体の経済に関する効率的なマネジメントとが奏効したというのが彼らの見解である.

しかし,中小製造企業の実態に関する彼らの議論は具体性に欠けており,不十分である.実際には郡内に立地する大企業の役割が大きいのではないかと推測される.特に郡内最北部に立地する造船企業が豪華クルーズ船の建造で目覚しい成長を遂げたことや,郡内南部に立地する農業機械等に関する地場企業の成長と,これの分工場が郡内北部に立地したことも注目される.もちろん,これらの企業への中小規模のサプライヤーが地域内に立地し,成長してきたことも重要と考えられる.

さらに人口30万人台という規模にも拘らず,郡の産業構成が多様性に富んでいるという事実に注目すべきである.21世紀初めに,地元自治体,住民,企業等の寄付金等を原資にして,南北を貫くアウトバーンの未完成部分が整備され,交通条件が大幅に改善されたことも,ここ10年強での地域経済成長に好影響を与えたと考えられる.

エムスラントの経験から得られる示唆は,外来型開発を拒否する必要がない一方で,内発的な力こそ重要であり,この力が域外市場とどう結びつくかということの重要性である.その際に住民や企業の地域帰属意識が果たす役割もまた重要である.

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