抄録
◆はじめに
本研究では,海上から陸上への津波避難行動時に,港湾内における船舶の着岸場所が,その後の避難行動にどのような影響を及ぼすかを検証し,より良い着岸場所を検討することを目的とする.
海上において津波発生に遭遇した際,津波の影響を軽減できる水深まで船舶を移動させる「沖出し」が,船舶関係者間で定説となってきた.しかし,東日本大震災時,沖出しにより被災した事例もあった.特に,陸地近くで操業する小型船舶の場合には,地震発生時に海上にいたとしても沖出しではなく,海上から陸上の高台へ避難することを検討しておく必要がある.
海上から陸上への避難に際しては,船舶を港湾内のどこに着岸するかによって,津波避難場所までの避難行動が異なる.たとえば,避難場所に通じる道の近くに船舶を着岸すれば,短時間で避難場所に辿り着くことが可能である一方,避難場所から遠く離れた場所に着岸すると陸上での避難行動に時間がかかってしまう.船舶での移動速度の方が徒歩での移動速度よりも早いことが一般的であるので,海上から陸上への避難に際しては,港湾内のどこに船舶を着岸させると最も迅速な避難行動が可能であるのか検討しておくことが重要である.
本研究では,三重県度会郡南伊勢町の港湾を対象とし,複数の想定着岸場所からの調査員による避難行動記録をGPSによって取得し,より良い着岸場所を検討する.
◆対象地域
対象地域は,三重県度会郡南伊勢町とする.南伊勢町は海岸線延長が245.6㎞におよび,南海トラフ巨大地震による甚大な津波被害が想定されている.最大津波高22m,津波到達時間は最短で8分と予測されている(内閣府 2012).
◆GPS調査概要
想定着岸場所から津波避難場所までの避難行動を,愛知工業大学および岐阜聖徳学園大学の調査員(教員と学生)が腕時計型GPSを装着して実施した.事前に実施した同町の漁業者へのアンケート調査では,母港以外であると,避難場所あるいは避難経路が分からないという回答が半数を超えていた.そのため調査員には避難場所および避難経路を知らせずに,想定着岸場所からの避難行動を実施させた.なお調査員のほとんどが担当港湾を初めて訪れた.
◆GPSデータ分析結果
調査員の避難行動のGPSデータを分析した結果,着岸場所によって避難場所までの到達時間に小さくはない差異の生じることが分かった.また,着岸場所の違いによって,避難誘導標識を発見できるかどうかにも影響のあることが分かった.発見できなかった場合,道に迷ったり,避難場所に到着できなかったりする調査員が複数いた.津波避難時には,母港ではなく最寄りの漁港へ着岸する可能性もあり,地元住民であっても本研究の調査員と同様の事態に遭遇することが考えられる.今後,避難場所への移動がスムーズに行えるよう,避難場所に近い港湾内の岸壁を着色しておくといった対応が必要である.