日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0102
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要旨
高齢者の生活にみる農山村の価値
*中條 曉仁
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抄録

現代の農山村は,高齢者中心の社会が形成されている地域である。それゆえ,高齢者は地域社会の担い手とならざるを得ない場面が数多く存在し,地域社会の存立において無視のできない存在となっている。
そもそも生活条件の不利な農山村に,なぜ高齢者が住み続けているのであろうか。そこには物理的な条件以上に,高齢者の生活を支える力が存在するといえ,それは農山村の価値を反映するものと考えられるのである。
本報告では,「限界集落」論や「地方消滅」論など高齢社会化をめぐるさまざまな言説が流布している中で,農山村では高齢者が活き活きと生活を維持しているという事実に注目することを通じて,農山村の価値を見出していきたい。
農山村では,住民の生活維持を目指した「地域づくり」が各地で進められているが,高齢者はその重要な担い手となっている。例えば,農業の6次産業化や都市農村交流といった地域資源の活用において独自の役割をみることができる。
 まず,農業をめぐっては農業従事者の高齢化が進んでいるが,1999年の「食料・農業・農村基本法」において農業の福祉的機能がうたわれており,高齢者の生活に適合した産業であることを示唆している。高齢者は年金を主な生計維持の手段としているため,農業を経済的側面というよりは生活リズムの維持や介護予防といった保健・福祉的側面から評価すべきであろう。
このような観点から,高齢者は農業生産者というよりも農産物の加工や販売を組み合わせた6次産業化の担い手として期待される。農産物加工に関する知識や技術を生活の中で長年蓄積しているため,その担い手としてふさわしい存在といえる。特に,農山村では女性高齢者を中心とする「女性起業」が全国に展開しており,男性中心の地域社会において自己の活動領域を確保しようとする女性たちの姿が見出される。
都市農村交流においても,高齢者は農業体験や民泊体験など,農山村の日常生活を資源とした取り組みの担い手となっている。すなわち,伝統・文化の伝承者としての性格を有しており,都市住民との交流が農山村に住み続けることのインセンティブになっている点にも注目したい。また,これらの取り組みは,高齢者にとって経済的稼得手段の確保になっているという点でも重要である。
農山村の高齢者たちは地域社会において多様なつながりを構築し,そこから生活維持に必要な手段的・情緒的なサポートを得ている。「2015年問題」として指摘されるように,高齢者は加齢という身体的・精神的な変化に直面する存在でもある。
地域づくりや農業生産など日常生活圏で展開される多様な地域活動は,高齢者にとってつながりを生む契機となっている。これらは,主として情緒的サポートの付与に機能し,生きがいの醸成に寄与している。
このような高齢者をめぐるつながりの中でも,「他出子」との関係は最も重要な役割を担っている。出身村からそれほど遠くない地域に住む他出子は老親の生活をはじめ,自家農園での農作業など手段的サポートを提供したり,地域社会の運営を支えたりしている。また集落の近隣関係も,急を要するサポートの授受には離れて住む子どもより頼りにされやすく,生活維持に対して有意に機能している。
高齢者の生活を通して,農山村には多様な社会的つながりのあることが読み取れる。
近年の高齢社会研究では,高齢者を地域社会のお荷物として捉えるネガティブ・エイジングから,高齢者の主体性を重視するポジティブ・エイジングへとパラダイムシフトしており,高齢化率が高い地域への見方を見直す時期に来ているといえる。
これまでの高齢者の位置づけをみると,農山村の高齢社会化は過疎問題を構成する要因の一つとして扱われてきた感が否めない。高齢者は生活条件の不利性に対応しながら農山村に住み続けており,高齢者の積極的な行動がそこに見いだされるのである。農山村の価値をふまえた高齢者像の再構築の試みが可能になると考える。
本報告を通じて,農山村は高齢者という経験や知識,技術を豊富に有する長寿の人々が社会経済の担い手として活躍する舞台であり,高齢者は農山村の価値を維持・創出する人々であることを提起したい。

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