日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 334
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発表要旨
高知県における南海トラフ地震を想定した救援物資輸送ルートの脆弱性
*中村 努
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抄録

Ⅰ.はじめに
南海トラフ地震はこれまで100~150年おきに発生していることから,高知県では来たる地震に向けて,2期にわたって対策行動計画が立てられてきた。これまで,避難路や避難場所,津波避難タワーといった津波避難空間の整備や公共施設の耐震化などの取り組みによって,最大クラスの地震が発生した場合の想定死者数は,2013年5月推計時に比べて大幅に減少する見通しとなった。2016年度から,さらなる二次的被害の縮小に向けて,これまでの「発災直後の命を守る対策」に加え,「助かった命を繋いでいく対策(応急対策)」についても具体化するため,第3期南海トラフ地震対策行動計画が開始された(高知県ウェブサイト)。広範囲の被害が想定されるなかで,今後,津波による長期浸水の恐れのある沿岸部に加えて,土砂災害によって孤立集落になる恐れのある山間部にいかに救援物資を輸送しうるのかが課題の一つとされる。本発表では,高知県を事例に,公助による事前の取組みを概観したうえで,広域流通システムに支えられた高知県における救援物資輸送ルートの脆弱性について考察する。  

Ⅱ.公助による事前の取組み
四国においては,南海トラフ地震による道路網の寸断により,災害対応に向けた啓開作業に大きな支障となることが危惧されることから,2015年2月,22の関係機関からなる「四国道路啓開当協議会」が広域道路啓開計画を策定した。同計画内では,瀬戸内側から太平洋側へ優先的に扇形に進行する「四国おうぎ作戦」による道路啓開の実施が盛り込まれた。その進出ルートが8つ選定され,必要人員と資機材算定された。これによって,最寄りのICまで輸送された救援物資は,2016年2月に策定された高知県道路啓開計画に基づいて,防災拠点に向けて道路啓開が行われる。同計画は,市町村と高知県が連携して選定した地域の防災拠点1,253カ所と,高知県が選定した広域の防災拠点40カ所の計1,293カ所について,啓開ルートや啓開日数,啓開作業の手順書,啓開作業にあたる建設業者の割付けなどを定めている。地域の防災拠点のうち,役場や病院,警察署,消防署などをA,学校や福祉施設,ライフライン基地,運動施設,集会所などをBやCと優先順位付けしている。啓開日数の算定においては,最大クラスの地震・津波(L2)を想定していることに加えて,今後行う道路整備対策を織り込んでいない個所があることから,啓開に長時間を要する拠点もある(高知県道路啓開計画作成検討協議会,2016)。そこで,ヘリコプターや船舶による輸送など道路啓開計画を補完する対策も示されている。  

Ⅲ.発災後の救援物資輸送における山間部の脆弱性
上記の計画に基づく啓開日数算定の結果をみると,算定結果が示されているのは,現在のところ,広域の防災拠点および地域の防災拠点Aのみである。このうち,前者では40カ所のうち,啓開日数7日超が2カ所,長期浸水のために算定していない拠点が6カ所ある。後者では,293カ所のうち,3日以内に啓開可能な拠点は62.1%の182カ所にとどまり,それ以外の拠点は3日以上を要するか,長期浸水や重機不足によって日数未算定となっている。啓開に時間を要する原因は,長期浸水以外に,落石,崩壊,岩石崩壊,地震や津波による落橋が多くなっている。
優先順位の高い拠点までの主要路線から啓開される傾向があるため,優先度の低い地域の防災拠点BやCではさらに啓開日数を要する(3日以上)割合が高いことが想定される。道路啓開進捗図を見ると,郡部(いの町本川地区,土佐町,本山町,大豊町)に加えて,足摺岬や室戸方面において多くの啓開日数を要している。こうしたルート上に多い拠点BやCには,平成の大合併によって支所となった旧役場が含まれる。これらの拠点を中心とした地域は急速な人口減少と高齢化を示す山間部に位置している。また,点在する集落では道路の寸断によって孤立する恐れが高いため,各防災拠点に救援物資が輸送されたとしても,拠点からの分荷が叶わない可能性がある。
これに対して,高知県本山町では,公助の限界を自助や共助でカバーしようとしている。しかし,農村部においても田畑非所有世帯が多くなっており,広域流通に依存している状況がうかがえる。ヘリポートは中心部と周辺部に2カ所設置されている。ただし,道路が寸断されていればやはり孤立集落への陸送は困難である。民間企業5社と救援物資輸送の協定を結んでいるものの,輸送手段が確保できなければ画餅に終わる。主要道路(国道439号)の啓開は県主導で行われ,地元建設業者と協定も結んでいるが,沿岸部で甚大な被害があった場合,山間部への支援が後回しになるとの危機意識が役場にある。救援物資輸送計画の段階で,支援に地域格差の生ずるリスクが内在している。

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