抄録
研究の課題 現代の先進諸国では農村空間の消費が活発になっており、これを「農村空間の商品化」として捉えることができる。この報告では、カナダのブリティッシュコロンビア州のフレーザー川下流平野において、農村空間の商品化によって地域活性化がどのように行われているかを明らかにする。フレーザー川下流平野はバンクーバーの中心部から東に120kmにまで広がる細長い地域で、州全体の6割に当たる290万の人口が集中し、農業の生産性が高い一方、食料生産をはじめ農村居住、レクリーション・観光、農村景観や自然環境の保全活動など様々な農村空間の商品化がみられる。その中で都市住民が農村空間を消費することが明瞭にわかる形で展開している、ファーム・ダイレクト・マーケティングとファーマーズ・マーケット、サークル・ファーム・ツアーを取り上げる。
農村空間の商品化を示す三つの活動 バンクーバー大都市圏を中心とした住民は、様々な形で周辺の農村資源を消費している。その一つにファーム・ダイレクト・マーケティングがある。これは農場経営者が農場を訪れる顧客に農産物やその加工品を直接販売したり、農業や農村に関わるサービスを提供することである。このような農場が、フレーザーバレー・ダイレクト・マーケティング協会を組織している。加入農場は2016年で80である。これとともに、市街地の公園や広場、街路で、土曜もしくは日曜を中心に週1回、主として5月から10月頃まで、20から60程度の出店によって開催されるのがファーマーズ・マーケットである。衣類や工芸品、加工食品、観葉植物などを生産者が販売する店もあるが、主要なものは地元の農場による野菜や果実、酪製品、肉、卵などの販売店である。フレーザー川下流平野には2016年には34のファーマーズ・マーケットがある。ダイレクト・マーケティングを行う農場やファーマーズ・マーケットなどとともに、ワイナリーやレストラン、ガーデンセンター、博物館・史跡・名所などを含む農村観光名所を10~20ほど、一つの地方自治体の範囲で観光協会などが選択し、観光客が自分で訪問できるようにルート図で示したものが、サークル・ファーム・ツアーである。これはフレーザー川下流平野独特のもので、アボッツフォード市やチリワック市の範囲で設定されたものを含めて五つのプログラムがある。それらが共同で宣伝することで、農業のすばらしさや食と健康のあり方、農村の魅力を訪問客に喚起し、農産物や様々の農村の生産物の直売を促進している。
農村空間の商品化による地域活性化 上記の三つの活動によって、訪問者である都市住民は農村景観を楽しみ、地元産の新鮮で安心・安全な農産物を入手し、都市化社会になって失われた友好的な雰囲気やつきあい、生活姿勢にふれることができる。都市住民にとって、短時間で非日常性を体験できるまたとない機会である。農村住民にとっても、農産物やその他の商品の直接販売によって収益を得るとともに、訪問者と接することで自分たちの農業や生活姿勢に誇りをもつことができる。その一つである農産物直売農場では、5haほどの農地でホウレンソウやブロッコリー、キャベツ、トマトのほか多種類の野菜とラズベリーやブルーベリーなどを無農薬・有機栽培で生産し、農場内の直売所で多くの訪問者に販売している。その経営者は地元の高等学校で物理の教師を8年間していたが、安全・安心の食料の安定供給、農民としての生き方に意義を見出し、農業を開始した。このような新規に参入する農民が少なくないこともあって、カナダの一般的傾向とは逆に、フレーザー川下流平野では近年農場数も農地面積も増加している。