日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 920
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発表要旨
シェーファー-ハーツホーン論争における空間概念の連続性
*益田 理広
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抄録

1.研究目的 Schaefer(1953)によるHartshorne(1939)への批判と、それに対する一連の応答による,所謂「シェーファー-ハーツホーン論争」(Martin 1989)は.その後の地理学の展開を大きく左右する,伝統地理学と「新しい地理学」の方法論上の分水嶺であった. この論争は,地理学の対象を「地域area」とするハーツホーンの立場を「例外主義」と名状し,「ハーツホーンの地理学方法論を完全に否定し,地域よりも空間を主導概念」とした(杉浦,1991:312)シェーファーによる論難に端を発する.シェーファーは地理学を「空間関係spatial relation」を対象とする「形態論的法則」を求める科学と定義したのである.この両者の対立は一見好対照を為すが,論争の焦点である「地理学の対象」の概念的な異同については未だ確定的な見解はなく,その現代への影響に比して,研究蓄積は不十分といえる.本研究は,ハーツホーンおよびシェーファーの論ずる「地理学の対象」となる概念の定義を哲学的に検討し,両者の異同を明示することを目的とする. 2.シェーファーの「空間関係」  シェーファーにとっての地理学は,「総合科学」たる地誌学とは相容れぬ,特定の法則を求める「科学」であった.シェーファーは「真に地理学的」な法則として,「空間関係」の探求を通じて獲得される「形態論的法則morphological law」を挙げる(Schaefer1953:248).「空間関係は地理学における問題であって他の分野のものではない」 (Schaefer1953:228)と言うように,「空間関係」を対象として「形態論的法則」を求める科学こそが,彼にとっての地理学だったのである.シェーファーはこの「空間関係」に明確な定義を与えていないが,「地理学は地域内の諸現象の空間的配置に注意せねばならない」「地理学者はその専門たる空間的配置に関わる法則を究めるべきである」(Schaefer1953:228)といった語や,異なる種類の現象間の「空間関係」を究明すべき(Schaefer1953:228)とする言明から,それが,地表面の複数の現象の関係が作り出す一種の構造・形状であることが理解できよう.このことは,「地理学の形態論的性格は…地図と地図作成の相関に見出される」(Schaefer1953:244)という具体的な表現を以て記されている. 3.ハーツホーンの「地域」 ハーツホーンは,「地域area」を「互いに関係を有する多数の物質的現象と非物質的現象,要するにその地域内の万物が存在する所の,現実の宇宙の断片」(Hartshorne 1939:162)と定義している.「地域」とは性質不問の諸現象の総合なのである.そして,その諸現象を総合するものは,「空間」である(Hartshorne 1939:283).ハーツホーンは,この「空間」を幾何学的な位置関係と述べており(Hartshorne 1939:395-396),更には「空間的結合による現象の統合」を「地理学的思想の真の本質」とまで呼んでいる(Hartshorne 1939:235).かくして総合された「地域」は客体でも現象でもなく,「知的な枠」たる抽象概念とされ(Hartshorne 1939:395;1959:160).そのために特定の属性を有さず,「unique」な存在としての規定が生じる(Hartshorne 1939:396).各々の「地域」は,内包する諸現象が不定であるがゆえに「unique」なのである.この「unique」なる「地域」を対象とする学問こそが「素朴科学」たる地理学と呼ばれる(Hartshorne 1939:373). 4.空間概念の共有  「地理学の対象」に関するシェーファーとハーツホーンの議論を参照すると,その対立関係にもかかわらず,両者の「空間」概念が,地表面上の複数の現象の幾何学的な関係というほとんど同一の定義を有しており,「空間関係」と「地域」とについても,複数の現象から生成されるという点で極めて近似していることが理解される.本報告は,この両者の共有する空間概念の哲学的な特徴について,アリストテレスの質料形相論との類似を指摘するものである.つまり,両者のいう空間概念は「質料」たる諸現象を囲繞する「形相」ということになるが,複数実体よりなる「質料」の性質が一定しないために,この空間は「偽形相」ともいうべき特殊な性格を有する.シェーファーはこの「偽形相」と「偽質料」たる諸現象の分離を図ったのであり,その空間概念の基礎は批判の対象たるハーツホーンの論にこそ見出されるのである.

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