日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0405
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発表要旨
気候変動に対する高山植物の応答
*工藤 岳
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抄録

高山生態系は最も気候変動に脆弱な生態系と考えられる。その理由として、寒冷環境に適応した生物群集から構成されていること、生態系の規模が小さく、隔離分布していること、多くの希少種・固有種から群集が構成されていること、生物の年生育期間が短いこと、微細なモザイク環境から生態系が構成されていることなどが挙げられる。日本の高山生態系は世界有数の豪雪地域に成立しており、高山生態系の生物多様性は、多様な積雪環境と雪解け時期の違いにより維持されている。したがって、気温変化のみならず、積雪環境の変動は、高山生態系に大きな影響をもたらすと予測される。気候変動に対する生物の応答は、(1) 生理的影響、(2) 分布変化、(3) 季節性の変化(フェノロジー)として現れ、その結果、生態系構造の変化や生物群集の多様性の変化が生じる。気候変動が高山生態系の構造と機能に及ぼす影響を検出・予測するには、長期モニタリングによるデータ集積が不可欠である。北海道大雪山系は日本最大の高山生態系であり、多くの高山植物が生育している。高山帯の年平均気温は近年、0.3 ºC / 10年のペースで上昇しており、雪解け時期は4日/ 10年のペースで早まっている。この変化と連動して、様々な生態系の変化が生じている。例えば、湿生植物群落(湿生お花畑)の急速な消失が報告されており、これは雪解けの早期化と夏季の気温上昇による土壌乾燥化の結果、湿生植物の種子生産が減少したためと考えられる(生理的乾燥ストレス)。また、森林帯に分布中心を持つチシマザサの分布域が急速に拡大し、高山植物群落への侵入が加速していることが示された。ササのような競合種の分布拡大は、高山植物群落の種多様性を低下させると危惧される。高山植物の種数はササの密度増大に伴い急速に減少し、ササの除去によって回復することが実験的にも示された。さらに、高山植物群落の開花フェノロジーは、気温や雪解け時期の変化に対して大きく変動することがモニタリング調査により明らかになった。シミュレーションの結果、夏の気温が1ºC上昇すると高山植物群落の開花ピーク期間(平年48.9日間)は5.7日短縮し、雪解けが10日早まることにより開花ピーク期間は7.8日短縮されると予想された。開花期間の短縮により、花資源を利用するマルハナバチなどの訪花昆虫も影響を受けることが予測される。以上の研究成果から、気候変動に伴う生物の個体群変動、分布域の変化、季節性の変化などがすでに高山生態系に現れていることが明らかとなった。気候変動を踏まえた高山生態系における生物多様性の減少、機能的影響評価、ならびに保全管理計画への取り組みが急務である。

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