日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1308
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発表要旨
六次産業化と農村空間の商品化
京都府和束茶を事例に
*高柳 長直ドウ エミ木村 健斗竹内 重吉
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抄録

Ⅰ はじめに
農村空間の商品化を促す一つの原動力は,生産主義のパラドックスである。これは,農業の生産性を高めれば高めるほど,農業労働力は減少することになるので,農村における農業の地位が低下することを意味する(Woods,2011)。その結果,農村が農産物を単に供給するだけではなく,ツーリズムや地域ブランドといった形で農村空間の商品化が図られる。日本の農村地域もこれをある程度経験したが,欧米先進国の状況とは異なり,農業の規模拡大は進展は遅く,効率性の向上も不十分である。したがって,農業の生産者が農業部門だけで所得増加を図ることに限界があるので,他の部門を組み込む必要があるのである。すなわち,地域資源を活用しながら農林漁業者(第1次産業)が,加工部門(第2次産業)や流通・サービス部門(第3次産業)を地域内で取り込むことによって,経営の向上を図ったり,地域経済を振興したりする六次産業化である。そこで本報告では,六次産業化の視点から,農村空間がどのように商品化されてきたのかというプロセスを明らかにするとともに,その特徴について議論したい。

Ⅱ 和束町における六次産業化の経過
和束町は京都府南部に中山間地域に位置している。2010年現在,販売農家数301戸のうち9割近い266戸で茶を生産している。和束町の茶の生産金額は京都府全体の4割を占め,宇治茶の茶葉生産の中枢である。農家が生産したほとんどの荒茶は,JAもしくは仲買商を通じて京都の茶問屋に流通していく。和束町の生産者は,基本的に茶葉の生産に特化していればよく,典型的な生産主義に基づく農産物産地であった。
生産主義農業は拡大基調が続く限り安泰であったが,2000年代半ばになると産地内で将来への不安を抱く人が現れた。茶業界をみると,ペットボトルの茶飲料は好調な販売を続けているが,急須で淹れる単価の高いリーフ茶については2004年をピークに需要が減少傾向にあるからである。宇治茶は日本茶のトップブランドであり,日本国内のみならず世界でも著名であるが,和束の名は近畿地方以外ではほとんど知られていなかった。
そこで,町内産の茶を「和束茶」として地域ブランド化する取り組みが行われている。茶を使った加工品を開発し,農家が独自の流通ルートで販売,観光客を呼び込んで,「茶源郷」として地域全体として六次産業化を図っている。六次産業化の取り組みとしては,和束茶ブランドでの販売,茶加工品の開発,ホテルでのフェア開催,ガイドツアーの実施,茶料理の提供,直売所の運営,茶源郷まつりといったイベントの開催などである。

Ⅲ 六次産業化による農村空間の商品化の特徴
和束町の六次産業化は,農村空間をブランド化して観光客を呼び込んだり,あるいは都市部の消費者に対して,茶を使った様々な食品や料理を販売したりする取り組みである。その特徴として三つの点があげられる。
第1に,農村空間の景観はオーソライズ化されることで,ブランド化が図られるということである。このオーソライズ化とは,特定の空間を公的機関や第三者機関が優れた景観だということを認め,権威付けをすることである。和束町の茶畑は,2008年に和束町の茶畑が京都府景観資産に登録,2013年には「日本で最も美しい村」連合に加盟,さらに2015年には日本遺産にも登録され,世界文化遺産への登録も目指している。このオーソライズ化は,地理的スケールがローカルからナショナル,さらにはグローバルになるに従って,権威が高まる。
第2に,和束町の六次産業化の取り組みは,茶葉を生産している農家だけではなく,多様なアクターが関与していることである。実は,和束町の六次産業化において農家自体は欠かすことのできない存在であるが,むしろ町内の非農家や地域外の人々の役割が重要である。和束茶プロジェクトで重要な役割を果たしている雇用促進協議会の職員6人のうち,4人は町外の出身である。ガイドの会の構成メンバー12人のうち4人は町外からの移住者である。和束茶カフェに出品している農家の経営者にも,大阪の非農家出身の人や中国・大連出身で茶農家に嫁いだ人がみられる。
第3に,農村空間の商品化は場所の魅力を高め,移住を促進していることである。農繁期の労働力確保が課題であったが,2014年から外部から援農者を導入する取り組みを行っている。これは単なるアルバイトではなく,地域農村の魅力をとくに都市の若者に対して肌で実感させている。この結果,2年間で6名が定住することになった。
以上のように,農村空間の商品化は,農産物の商品化よりもダイナミックに農村と外部の世界とつなげている。農村空間で六次産業化することは,農家や加工・流通業者だけではなく,非農家や都市住民を巻き込んだ取り組みだと言えよう。

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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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