日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 706
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発表要旨
「特異」な光景を構成する要素から見たウランバートルのゲル地区
*松宮 邑子
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抄録

1.問題の所在―ゲル地区の捉え方 モンゴル国の首都ウランバートルには、近年の顕著な人口増加とともに拡大を続けてきた「ゲル地区」とよばれる居住地がある。現在は都心部のアパート・高層ビルを囲み郊外へと広がるゲル地区だが、そもそも都市形成初期段階にはウランバートル一帯がゲル地区であった。「近代的」都市建設は第二次世界大戦以降、ソビエト社会主義共和国連邦の指導下において進められ、ゲル地区は都心部から徐々にアパート化された。しかしアパート建設は都市人口の増加には追い付かずゲル地区は残り、民主化以降も続く住宅不足に加え土地法による敷地の私有地化が拍車をかけ、ゲル地区は拡大の一途をたどった。 本発表では、既往研究において、都市にゲルの広がる光景は「特異」であり、インフラの無い生活環境をはじめ存在自体を都市問題と位置づけられてきたゲル地区について、そもそも「特異」な光景を形成するに至った背景、つまりは都市にゲルが広がる所以について検討したい。報告者はウランバートルの都市化について、移動を常とする遊牧社会から都市定住社会への移行過程、言い換えれば文明史的な転換が同時代史として進行する姿だと考える。その過程において、都市形成初期から今日まで続くゲル地区の存在はまさに都市化の最前線といえよう。ゲル地区が都市への移住やゲルの設置、固定家屋の建設といった居住者の行動を通してつくられた居住地であることをふまえれば、その形成過程に着目するのは必然である。そもそもなぜ、冬場には-30℃にまで気温が下がるウランバートルにおいてゲル地区という半ば自然発生的な居住地が形成・存続可能なのだろうか。 2.ウランバートルの都市化を考える3つの重要点 そもそもウランバートルが「特異」と形容されるのは見た目によっての判断であり、都市の形成過程や構造をふまえて他都市と比較考察された結果にはよらない。そこで、ウランバートルの都市化および人口集中を検討するにあたり重要と考える要素を3点あげた。 ①遊牧生活という伝統的生活様式  遊牧生活に起因する移動や住環境に対する概念、ゲルという住居の利便性は重要な特徴である。季節毎の居住地移動を常としてきた人は一所に定住する人に比べ移動への抵抗が少なく、都市への移住が物理的・概念的に容易なのではないか。また元来、上下水道や冷暖房の無い生活が当前であり、その生活環境は移住後のゲル地区と大差ない。 ②寒冷・乾燥な気候 寒冷な気候下において住居の有無は生死に係わるが、元来のゲルを伴う移動により移動先でも住居が保障され、どこでもすぐに生活を開始できる。また、集住において問題とされてきた伝染病が発生しにくいという利点もある。 ③社会主義体制における「近代化」 社会主義時代の都市建設において、ゲル地区が一掃されず一種の「合法的」居住地として扱われたこと、郊外に広大な土地を残したことは、民主化後に人々が「とりあえずゲルを持参して移住しウランバートルで生活をはじめる」ことを可能にした。 3.ウランバートルにおけるゲル地区の位置づけ 社会主義時代、「近代化」の一端としてアパート建設が進められるも、住宅不足の中でゲル地区は居住地として機能し続けた。民主化後、国内移動の自由化や経済停滞、土地私有の開始により都市人口が増加する一方で住宅不足が続く中、「ゲル持参での移住」は当然となり、ゲル地区はさらに拡大した。2015年現在、ウランバートルでは約33万世帯のうち60%がゲル地区で生活する。再開発や住環境をめぐり折につけ問題化されるも、ゲル地区の開発は環境・資金・土地私有などの点から極めて困難であり、すでに過渡的でなく恒久的な居住地として位置づけられつつある。ゲル地区は文化的、社会的、環境的条件が複雑に絡み合って形成された「特異な」居住地であるといえよう。

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