日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1206
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発表要旨
朽木地域におけるトチノキ林の保全活動に伴う里山の自然資源管理の変化
*飯田 義彦
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抄録
1.はじめに
朽木地域の山林は、奈良時代から森林資源の供給地として古くから他地域にも知られてきた。一方で、集落の人びとにとって、山林は燃料源、肥料源として集落の生活を維持する上で欠かせない役割を果たしてきた。とくに大正時代からは、京都や大阪などの大都市の消費地に近いこともあり、薪炭林施業が盛んに行われた。また、戦後は広葉樹がパルプ材として伐採される一方で、1980年代頃まで造林公社による針葉樹の植栽が進められた。
そのような山林利用の歴史の中で、トチノキ(Aesculus turbinata)は、トチノミが食用として活用されてきたこともあり、代々伐採されずに選択的に残されてきた。ところが、2008年〜2009年頃にかけて、トチノキ巨木が数十本単位で一斉に伐採される事態が生じ、新聞報道が盛んにされるなど滋賀県内では大きな問題に発展した。2010年秋頃には地元関係者などにより保全団体が立ち上げられ、トチノキの保全活動が行われている。
近年、集落の過疎化や高齢化、獣害が深刻化する中、山林の資源管理を適切に行う担い手の不足とともに、手入れの行き届かない山林が目立つようになってきている。本発表では、トチノキ巨木の「伐採問題」を契機として始まった外部アクターを巻き込んだトチノキ保全活動がどのように進められ、従来からのトチノキ利用にいかなる変化をもたらしているかを明らかにし、里山の自然資源管理に果たす市民活動の役割を考察することを目的とする。

2.方法
調査は2011年から「巨木と水源の郷を守る会」(以下、「守る会」という。)の活動に参加し、参与観察ならびに非構造的インタビューを不定期に実施した。また、2015年、2016年に実施された「トチノキ祭り」にて、巨木見学ツアーの参加者に対してトチノキ保全活動に関するアンケート調査を実施した。

3.結果と考察
2010年10月に設立された「守る会」は、当初はトチノキ所有者を中心に業者による伐採を差し止める活動が基盤であった。2011年度以降、滋賀県の森林環境税を活用したトチノキ巨木の保全と巡視活動に加えて、現状把握のための巨木調査、巨木見学会の開催と山林整備、県外からの参加者もみられるトチノキ祭りやトチノキ発表会といった普及啓発活動、トチノミ採集イベントの開催など、会の中心的な活動が構築された。また、トチノキの実生づくりやシカによるトチノミ食害の低減といった生態技術の開発に市民レベルながら挑戦している。
一方で、同じ高島市内であり、安曇川流域の下流側にある針江地区の交流が図られるとともに、トチノキを生かした地域づくりを行なっている長浜市木之本の住民団体や京都府綾部市古屋地区の住民との相互交流も行われてきた。「守る会」が、同じような境遇にある地区同士の相互交流のプラットフォームとなり、獣害対策や特産品づくりなどの里山の自然資源管理の経験を潜在的に共有する機会を提供してきたといえる。
朽木地域の巨木を含むトチノキ林は、琵琶湖の水源地保全の文脈のもと、伐採問題を契機とした市民活動の高まりや行政による働きかけにより、それまで世帯の所有物であった「私的財」から「公共財」へと期待される役割が変化している。また、実や材といったいわゆる供給サービスの提供から、環境教育、エコツーリズム、地域間交流のツールとして、トチノキ林の所有者ではない人びとに対する文化的サービスの提供に価値が置かれつつあると考えられる。
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© 2017 公益社団法人 日本地理学会
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