抄録
報告者らは、ラオスの小規模農村における生業と人口の相互関係を明らかにする研究プロジェクトの一環として、ラオス中部における焼畑農村(アランノイ村)において長期の食事調査を実施した。これは、世帯員構成の異なる数戸のサンプル世帯に依頼して、毎日の全食事メニューを記録・写真撮影してもらったもので、現在までに1年分を超えたデータが得られている。この日誌には、食材ごとにその獲得者に関する情報もあわせて記録されており、誰がどこで獲った食材が誰の口に入っているのか、食生活のなかで自給によるものと交換や購入によるものとがそれぞれどの程度を占めるのかを把握することが可能となっている。
この発表では、これらの資料の分析結果を中心に報告し、村の人びとが季節ごとにどのような資源に依存し、その獲得に際してどのような協力・分業をおこなっているのか、概要を述べるとともに、明らかになった栄養摂取の状況と出生力との間にどのような関連が見られるのか、現時点で可能な推察と展望を述べたい。
食事日誌は、「いつ食べたか」「どこで食べたか」「誰と食べたか」「モチ米をどのくらい食べたか」「おかずはそれぞれ誰が作ったか」「おかずの食材はどこで獲ったか」「おかずの食材は誰が獲ったか」を毎日の全食事について記録する形式となっている。これを村内の男性2名に依頼して自らの世帯の食事を記録するとともに、近隣の数戸のサンプル世帯の記録を毎日とってもらうようにした。あわせておかずを写真撮影してもらい、調理法や分量の推定もできるようにした。
アランノイの食事は、中部ラオス農村に広く見られると同様に、ほとんどの場合モチ米を主食に、副食となる1~数種のおかずを組み合わせたものである。調理に油が使われることはまれで、副食は全体的に低脂肪食が多く、モチ米が主要なカロリー源となる。セポン川沿いに立地するアランノイでは季節を通じて淡水魚や貝類の摂取頻度が高く、主要なタンパク源といえる。鶏肉などの摂 取頻度も低いとは言えないが、齧歯類やトカゲ、カエルなどの小 動物が食されることも珍しくない。タケノコや多種多様な葉菜・ 果菜類も毎日の食事に欠かせない要素となる。
日誌・写真による記録に加え、現地調査においては、村びとの食事を直接観察・計量させていただいた。この結果をみると、モチ米が主要カロリー源であるにもかかわらず、妊婦も含め大人の1食あたりのモチ米消費量はカロリー換算で300kcal前後であることが多く、多くても500kcal程度であった。
食材を得る場所は、焼畑周辺(農作物、タケノコ、野草類、小動物など)と河川(魚・貝類)に大別され、子供のいる世帯では子供が食糧獲得に果たす役割も少なくない。食材の大半は村内で獲得されるものだが、村びとの間で売買されるものも見られ、世帯間での調整にも注意する必要がある。
現地で実施したアランノイの村びと全員の身体計測の結果、性別・年齢によらず全体として低体重・低体脂肪率がみられることがわかった。医学生物学の研究では、体脂肪率が一定水準を下まわると月経が停止し出生力に影響をおよぼすことが指摘されている。これらを西本らの調査によるアランノイ女性の出生力動態のデータとあわせ考えると、20世紀後半期以降アランノイの低出生力が持続する要因には低カロリーの食生活が関連している可能性が考えられる。とりわけ、年齢別にみて出産期後期の女性の出生力が低いことと、著しい低体脂肪率が40代女性に多く見られることは注目される。こうした年齢階級別の差異がアランノイにおける世帯内の分業や家族のライフコースにどのように関連しているのか、さらに継続調査によって必要なデータを補充し、検討を続ける必要がある。あわせて、この調査で明らかになった低カロリーの食生活が、村びとたちがコントロールできる資源が不足していることによるものなのか、それとも何らかの適応的な行動の結果なのか、検討していく必要があろう。